【体験談】スガヤ家の不登校(あるいは「スクールフリー」の実験的実践)

スガヤ(編集長):スガヤ家の不登校について、(以前までは個人のnoteで思いついたときに書いていたのですが)他でも言及する機会があるので、当時を思い出しつつ振り返ってみます。

なお全体的に”軽薄”な文体ですが、決して不登校、ましてや学校を軽んずる意図はありません。また以降、突然現れるこの”ふきだし”はすべてスガヤによるものです。

目次

スガヤ家の不登校:基本で一般的な部分

まずは当サイトによる「不登校の基礎知識」および「ブックガイド」に照らして、”スガヤ家の場合”を振り返っていきます。後半部分では、やや(かなり?)独自のお話が続きますので、改めて当家でも実践していた「不登校対応:9割の基本(パターン)」を確認します。

基本は「本に書いてあったとおり」

まず前提として、「スクールフリー」部分は1割程度の”隠し味”でして、基本はみなさまと同じく、以下方針(様々な不登校関連書籍に書いてあったとおり)でした。

  • 最優先は「休ませる」(特によく眠る)
    • ホーム(我が家)を「絶対的安全基地(セキュアベース)」に
  • 「登校刺激」はしない(子どもにも休む権利はある)
  • 不登校の「理由/原因」は聞かない
    • 本人が話したくなったときだけ”ただ聞いてあげる”
  • 余計なことは言わない(基本は「雑談」)
    • 呪い(べき、ねば)をかけない
    • 学校のことも、必要なければ言及しない
  • 「対話」の機会を大事にする
    • 基本は「聞く」、最後まで「ただ聞く」(地蔵スタイル)
    • 話しやすい空気、機会を(オススメは外食ランチ)
    • 「結果」は流し、「過程」に注目
    • 「シンパシー(共感)」より「エンパシー(理解)」
      • 共感と承認はママに任せる(ママは宗教、パパは哲学)
  • デジタル機器は(双方で合意した)「ルール」を守る
  • できるだけ”日常”を守る、維持する
    • 朝は7時に起きて朝ごはん(その後、二度寝してもよい)
    • 夜は22時に寝る(デジタルは20時まで)
  • できるだけ外の空気を吸う ←ここだけ少しユニーク?
    • 「鬱屈/停滞」しない。元気で楽しく過ごす 
    • 「社会」と繋がる、関心を持ち続ける
  • 外部を頼る、孤立しない
  • 暴力、暴言には一切応じない
    • 自分の機嫌は自分で調整する
    • 「悪さ」に憧れる時期・気分も認める(愚行権)
  • 子どもの人生は、子どもが選び決める
    • 親は助手席、または補助輪(要らなくなったら外れます 寂)
    • 介入でなく支援、支援でなく応援(段階に応じて)
      • 支援とは「選択肢に気づかせ、増やしてあげる」

…ってリストにしてたら、随分長い前置きになってしまいました 笑。もちろん異論反論はあると思いますし、不明点はぜひ(よければ個別相談などの機会に)お尋ねください。

ブックガイドコーナーでご紹介のとおり、ムスコの不登校期間を通して”100冊以上の書籍や論文”を読んできましたが……こと「平成」まで発行書籍は、”9割が言ってること同じ”、「昭和」については「こんな時期もあったんだなー」と、興味があれば参照すればよいかと

こちらに一覧を作成しましたので、「不登校の概要がわかる、入門・ガイド」から一冊、以降ご家庭や子どもにあわせて三冊ほど読んでいただければ、”9割の基本対応”はわかると思いますし、逆に言えば”残りの1割”とどう向き合うか?こそが、不登校期間を”良くも悪くも”する部分で、ここばかりは最新(「令和」発行)書籍を読みつつ、自分で考えて選んでいくしかありません。

不登校のサイン/予兆:朝、「お腹が痛い」

まさにこの解説で触れた通り、朝、「お腹が痛い」「頭が重い」という突然の子どもの一言が、実は不登校の始まりを告げるSOSでした。

小3の後半からボチボチ、小4くらいからまとまって休み始めた、という感じ。まだ不登校の「ふ」の字も知らない頃でしたので、「そのうち良くなるから行け!」または「一緒に登校してあげるから、もし校門まで痛いのが続くようならそのまま病院行こう」など、言葉や態度を変えてあらゆる”登校刺激”をしてしまいました……。

スガヤのふせん:本などで”後になって”確認すれば「登校刺激しないで!」と書いてありますし、当サイトでも(偉そうに)解説しているのですが…「事前」はもはや無理ゲーですよね 笑。おそらくほとんどの家庭が、しでかしてしまうエラーなのかと。

だからもう現実的には、小学校の入学式などで”必須”で伝えるか、またはその前提としてその後のフォローを考える方向で考えていった方が良いと思います

ただムスコも(頑固な性格なので)譲らず何度も訴えてくるし、我が家は夫婦の意見がS極/N極(※本当に「S(スガヤ)/N(旧姓N田さん)」なんです 笑)と”真逆”に作用しますので、51%の確率で「採用(休め)」が出ます。なので「無気力」や「暴力暴言」など”最悪”に至らず、比較的”スムーズ”に不登校状態になっていった(後半はもう、「休む」とひとこと理由も言わず/聞かず)、というところです。

病院には、丁寧に通っていました。かかりつけ医が近かったのと、ボクの勤務形態が当時から「フルリモート」だったこともあり。医師から「気の病」を指摘されることはなく、常に丁寧に「風邪の基本三点セット(ムコダイン、カロナールやら…)」をいただいては、家の薬箱にストックが増えていく……という感じです。

改めて、「子どもが”不調”を訴えたら全面的に受け容れる」ことを声を大にしてお伝えしたい。

振り返れば、これは「正直&頑固(自分の意見はハッキリ言う)」かつ「小学校高学年」のムスコだから”スムーズ”でしたが、低学年、あるいは中学生以上ならばまた状況は難しかった(「最悪」もありえた)と思うのです。

本当?偽装?は関係ありません。「休みグセ」はありません。子どもには(にも)、「休む権利」があります。「皆勤賞」などショーワのトロフィーはもう、ティッシュに丸めてポイ!しましょう(それか保護者も「有給休暇」を絶対使わないか 笑)。

こちらの書籍がオススメです
ブックガイド:学校と日本社会と「休むこと」
ブックガイド:学校に行けない「からだ」が示す、最後のSOS

不登校の原因:発達特性はそもそも”強め”(診断はしていない)

同じく基本の”キ”として、当サイトでは「不登校の原因は聞かない/問い詰めない」とお伝えしています。

スガヤ家の場合は、割と「もしかして……」というか、ほぼ「それな!」という確信に近い「原因」がありまして、そもそも小1、その前保育園時代から「発達特性”強め”」が度々指摘されていました。大体毎週(よくて隔週)学校から「ご連絡」があり、我が家ではこれを「留守電ガチャ」と呼んでいました(毎回ドキドキ)。このため「席替え」の度に彼だけは常に”最前列”、かつ授業参観では「授業クラッシャー(たとえば毎回手を挙げずに回答を言ってしまう、とか)」として毎回”ご活躍”でした……。

とはいえ呑気なもので(?)、「発達特性」について悩んだり、特に診断等は受けていません。こと「人と距離が近すぎる」のと、「相手の感情が読めない(読まない)」などが先生からのご指摘の大体で、まあ「ASDとかADHDとかなのかな?」と考えています。

ただ当時は「ASAP」と違いがわからない程度の認知でして 笑、あまり”大事”として捉えていなかったフシがあります。「十人十色」というか、社会人として、またマネージャーとして”様々なタイプ(もっとヤバいのも居るぞ!!!)”を見知ってきたボクとしては「許容範囲(グレーゾーン)」が広く(?)、そもそも「普通って何?(病は社会が作る)」という考え方でした。

そんなボクでしたから、カミさま(※妻のことです)も「この親にしてこの子なので、”仕方ない”」と諦め?られてた感じで、保育園、もしくは小学校の先生によっては診断を勧められるのですが……”ありのまま”を放置していた感じでした(関係者の方には、本当に申し訳ない気持ちでいっぱいです)。

とはいえ学校としても”限界”はあったようで、小3から半強制的に「通級(通級指導教室)」に通うことに。結局小5まで?通っていたのですが……とにかく本人が嫌がり(今でも「黒歴史」認定)、結局あまり効果はありませんでした。

「通級」より効果があったのは、不登校期間に行った「ジャーナリング(内省)」でした(※後に詳しく解説します)。

ただそもそも数ある「特性」に対して「普通」を当てていく考え方に違和感があり、ボクのような方にはぜひ、以下の2冊をオススメしたいです
ブックガイド:「普通がいい」という病
ブックガイド|「過敏さ・繊細さ」解体新書

不登校の心理:特殊な状況なので「混乱」はあまりなかった

そんなこんなで”スムーズに不登校”に移行した適当でいい加減なスガヤ家でしたので、あまり世にいう「前駆/混乱/回復/行動」期はハッキリしませんでした。「心の螺旋階段」はごもっともで、たしかに”学校行ったり休んだり”が繰り返されましたが……それも「行事」または「好きな授業/給食」「友だちと遊びたい(4時間の日)」に”選んでいく”という感じ。

加えてコロナ禍の影響もあって、親子で「そもそも行く意味ある?」となりまして。結局”「行く」と自ら言うとき以外は休み”でした。そんなこんなの小4-6期間、確実に年間30日以上が欠席(もしかして小3も、ちゃんと数えれば当該?)なんて感じです。

この辺の心理的”抵抗”が生じるのは以下のパターンであり、

・行く”べき!”←行けない/行きたくない
・行か”ねば!”←心配/不安

スガヤ家のように「ベキ素」「ネバり気」が薄い(&子どもにも伝わっていない)場合、割と「平坦」なのかもしれません。

ただしもちろん!これは極めて特殊(アナーキー)なケースでして、「学校は行くのが当たり前/戻ってほしい」という方針の場合、もちろん”健全な抵抗”は必要です。

スガヤ家の本棚にあったのはこんな本でしたので、お察し()ください 笑
ブックガイド|学校に染まるな! バカとルールの無限増殖
不登校のキミへ|14歳からの個人主義

※いつか(余裕でたら)やりたい、アナーキーでクリティカルな「裏ピクトグラム」

不登校の具体的支援:声掛け”普通”、生活&デジタルは”絶対”

「居場所・学習・進路の確保と親ができること」に照らして、チェックしていきます。

居場所:不登校中はとにかく”元気で楽しく”過ごしてました。ちょうど仲良い友だちも”そんな感じ(五月雨登校)”で、たまに交代で「お泊まり会」企画したり……むしろスガヤ家は「安全基地」超えて「たまり場」になってました(我が家では「Youtube番組制作」や「昼食づくり(粉から作るうどん など)」など”目玉企画”が目白押し 笑)。

ただこれはボクが”フルリモート”兼”企画部長”だったという、特殊な状況ゆえですね。※もちろんカミさまからは「不登校を助長する」など雷落とされますから、基本はナイショです。

声かけ:NGワードは”必要なし(上述の通り)”で、むしろせっかく企画したのに「学校行く」と言われた際に、ケンカなどしてました(「ボクは非常に悲しい」←これがアイ・メッセージですね 笑)。

昼夜逆転/デジタル:セオリーには以下、「ゲームは命の浮き輪」、「昼夜逆転は”普通”の反応」があります。

大枠「フリースタイル(子どもの好きなように)」なスガヤ家でしたが、”喧嘩してでも守リ抜いた”のがこの「生活リズム」と「デジタル制限」です。個人的には未だ、ここだけ”批判的”です)。

ざっくり方針で言えば「社会との”つながり”を閉じない(孤立しない)」で、もっと言えば「友だちと遊ぶ」が絶対。ならば昼~夕方中心(お泊まり会は除く)ですし、”デジタルのみ”では成立しません(オンラインでもつながれますが、より盛り上がるのはオフライン)。

参照したのは、以下のような書籍でした。
ブックガイド:思春期ポストモダン 成熟はいかにして可能か
ブックガイド:ゲームと不登校

不登校の心理:

期間は約3年間(ムスコ:小4-6)

スガヤ家の不登校は、息子(※以降、我が家表記で「ムスコ」)が小学4-6年生あたりで、ちょうどコロナの頃でした。「原因」は、多くのみなさんと同じく”わかりません(し、本人に聞いてもいません)”。ただ、低学年当時から”やや強めの発達特性”があり(そのため通級を利用していました)、思い当たることは多々ありました。

発現はおそらくみなさまに同じく、最初は「体調不良(お腹が痛い)」が断続的に、そして徐々にまとまった(2-3日間、長くて1週間)お休みへ。ただ”継続的に1ヶ月”とまとまって休まず、欠席日数を”足し合わせる”と、定義による「年間30日以上登校しない」という結果、つまり「不登校」です。

初期において、妻(※同「カミさま」)はこと深刻に受け止めそれなりにショックも受けていたのですが、自身の仕事や育児(年の離れたムスメもいます)で忙しく、基本的には「放任(本人次第、飽きればそのうち…)」という感じでした。

またみなさんと少し事情が異なるのが、すでにボク(スガヤ)がフルリモート(かつ裁量労働制)という勤務形態であり、また職業が教育関係だったこともあり「ムスコにも来たか」というくらいの軽め(?)の認識でした。

こうして、カミさまに”任された”ようにして、ムスコとボクの不登校生活が始まりました。

基本的には原則通り「受け容れる(元気で普通に)」

当時、多少の基礎知識もありましたので、基本的には”原則通り”としました。
・本人の体調不良申告は”受け容れる”(そして面倒ですが毎回通院)
・不登校の「理由(原因)」は”聞かない”
・「再登校」を”促さない”、また”(学校に行く)「べき/ねば」を言わない”

ただ元から自主・自律をモットーとしていたこともあり、生活においては
・できること(Can)はやる
・やるべきこと(Must)もやる
・生活リズムもできるだけ維持(±1時間くらいを許容、体調不良を除く)
・ルールも厳守(特にゲームとスマホの1時間/日)
・外部と”断絶”しない(友だちと遊ぶ、習い事は継続 など)
を状態を前提とし、3年間基本的に維持しました(ただしムスコによる「脱獄チャレンジ」はたびたびありまして、そのたび賞罰調整も)

それではスガヤ家の「スクールフリーな不登校(専門家が言わない、書籍に載らない”独自の1割”)」について、始めていきますね

ここから原則外(=スクールフリー):「積極的に動き、楽しむ」

ここからがいわゆるセオリー(常識)外だったと思うのですが…

ボクたちの考えでは、不登校とはつまり「(学校にいかない)状態」”だけ”であり、これは逆に考えれば「(学校にいかなくてよい)余暇/可能性」でもあります(もちろん、体調不良ではあるのですが)。一方で「(学校に行きたくない)理由/違和感」はあったはずであり、”これまで”も”これから”も向き合っていかねばならない、ムスコにとっての「人生の課題」があります。

つまり”せっかく”なので、「中長期プロジェクト」として、「余暇」と「課題解決」と「可能性」をまとめてどーんと”楽しんで”しまおうというのが、ムスコとボクの密やかな合意事項(「密約」)となりました。

とはいえこの合意は当初から…というわけでなく、それなりに初期(いわゆる「混乱期」)はボクも多少は気を使いました。以降を大きく分けるならば

1.混乱期:「楽しみ」を維持し、加わる(理解する)
2.回復期:「楽しみ」を拡げ、強化する
3.行動期:「楽しみ」を探しにいく(探求する)

という感じだったかと思います(これらはすべて「マーブル状(または螺旋階段)」であり、あくまで振り返ってからの大分類です)

1.混乱期:「楽しみ」を維持し、加わる(理解する)

この時期大いに役立ったのが、「ゲーム」でした。よく不登校においてゲームを禁止にすべきか?など議論がありますが、ボクは”付き合い方次第”と結論します(ただし後述しますが、「SNS」は”制限”派です)

なぜ多くの保護者が、ゲームをそれほど敵対視するのか?それは「理解できない」ものであり、「できない」からではないか?なので「できる限り一緒にやる」がよいと思います。

一番にして明らかなメリットは、「子どもが喜び、元気でいられる」こと。彼らにとってゲームは一日の”最大関心事”であり、これが「制限」ましてや「禁止」されてしまうことはもう、”生きがい”すら失いかねない一大事です。

また次点で「(上記のような)子どもの”ありのまま”を受け容れる」という態度表明であり、流行り言葉で言えば「心理的安全性」の維持なのかと思います。もちろんこれは、ムスコ本人から感謝などはなく、彼にしてみれば「勝手に参加してくる(ときに邪魔)」くらいでしょうけど笑

スガヤ家が、不登校期間中に制覇したゲームタイトルは多数にして他ジャンルでした(マリオ、カーヴィ、マイクラ、フォトナ、アンテ…)。さらにこれらを通して、新たにわかった&学んだこともあります

・好き嫌い(RPGは嫌い、「ドラクエ」「FF」一切無関心)
・向き不向き(アクションはピカイチだが、パズルはすぐムズかる)
・「GRIT(やり抜く力)」の向上(逆にボクが「根性無し」と怒られる)
・「PDCA」また「バグ思考(敗因分析とその対策)」の強化
・「システム思考(アルゴリズムやハック)」の取り入れ

ムスコの場合、ここから「プログラミング」(親の欲目でみれば「クリエイティブラーニング」)へと世界が広がって行ったようで、つまりボクたちは「ゲーム(およびその偉大なるクリエーターたち)に感謝」というスタンスです

余談ですが、ボク(スガヤ・父)自身もまたゲームに感化され、こと「ゲーム音楽」からは莫大な影響(感性の強化)を得ました。後に「音楽制作」で業を興すことになったのも、ゲームがきっかけであり自己探究…つまり「教養」です。

保護者が「わからない/理解できない」からと言って、おもむろに制限したり、ましてや「禁止」などしないでほしいものです(特に我が家のカミさまへ 笑)

もちろん、ゲーム以外にも様々、子どものこれまで~現在好きなものはあると思います。それを「不登校だから」として自粛させるのでなく、「最低限の権利」として保障してあげることが彼らの”元気(活力)”を守ることに繋がると思います。ぜひおおらかに、そして積極的(一緒)に、「好きを守る」支援から始めてみませんか?

2.回復期:「楽しみ」を拡げ、強化する

とはいえ「ゲームばかり(単一・短期)」では飽きてしまいますし、刺激の連続に疲れてしまいます(特に保護者は……)。「楽しみ」の対象は、できるだけ「多様・重層・複眼」的であるほどよいでしょう。

スガヤ家では、ここから以下へと展開していきました。

・マンガ(小説は本人が嫌がるので)
・日記
・プログラミング
・料理
・将棋

もはや上記のとおりで、勘のよい方はすでにご明察かと思うのですが、これらすべて”ゲーム的に”または「”好き”から拡張・強化」していけるのです。

意外で言えば「日記」かと思いますが、これを野暮ったく強制すれば逃げられますが、「ゲームがより上手になるよ(将来的には「game8 ※攻略サイト」やYoutuberなるうえで役に立つ)」と勧めれば、案外素直に継続するものです(初期の日記は、ゲームネタばかり)。

また相互が関連し始めるところもあり、たとえば「マンガを日記に」書いたり、「ゲームみたいに料理」(連携プレイや裏技=隠し味)を楽しんだり。

こと散々ゲームやり散らせば、ムスコの性向もよくわかってきますから、勧めるタイミングや勧め方、またその質や量も”ある程度”はわかりやすいものです(この辺は、いわゆる思春期とは違う点かもしれませんが)

不登校を振り返る:やってよかったこと

カンタンに、ムスコの不登校で「やってよかった」ことを挙げますと

**オススメ**
・日記(※ボクも書きました)

・マンガ(特にNARUTOやジョジョなど長編の読破)
・プログラミング(かじった程度ですが)

・制作
*お好きに*
・ゲーム(マリオやカーヴィ、桃鉄などを一緒にやりこみ)
・料理
・旅行
・将棋

逆に「やんなきゃよかった」ことは…後半、小6やや早めの「親子喧嘩(ガチ)」でした。これについてはホント、猛省しています。物理的にも精神的にも”近すぎ”て、結局これでカミさま含めた「致命的な分断」が生じてしまい、現在は少し距離をとって暮らしています(具体的には「二拠点生活」を始めました)。でも、今でも上記「やってよかったこと」はすべて継続していて(この前は「”トンデモ(どこまで?!)”クレープ対決」しました)、仲は返ってよいです。「雨降って地固まる」とはまさに、ですね。

あと「やらなくて(やらせすぎなくて)よかった」ことは、Youtubeなど「SNS」で、この制限は現在も続けています。ただお陰で(?)、もちろんSNS大好き!だしたまに無茶しますが、SNS以外からも”栄養”採れるようになったのは、人格形成上大変ありがたいことです。

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