不登校の始まり、いわゆる「混乱期」は、親子ともに嵐の中に投げ出されたような状況です。朝、布団から起き上がれない我が子を前に、親は焦り、戸惑い、時に絶望を感じることもあるでしょう。
しかし、この時期をどう過ごすかによって、その後の回復のスピードや、自立に向けた道筋は大きく変わります。本記事では、複数の専門家への取材に基づき、混乱期における親子のコミュニケーションと時間の再構築について、対立する言説も含めて包括的にまとめました。
東畑開人※によれば、「ケア」と「セラピー」は違い、こと不登校の混乱期には「ケア」一択です。後の「やらない方が良い」で詳しく解説しますが、大きく以下の観点を原則としましょう(スガヤ)
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ケア(Care)
◦ 傷つけないこと(守ること)
◦ ニーズを満たすこと(相手が求めているものを与えること)
◦ 依存を引き受けること(頼られること)
1. やったほうが良いこと:安心の土台を築く
混乱期において最も重要な目標は、「親子の信頼関係の回復」と「子どもの安心安全の確保」です 。
「休むこと」を公認し、身体症状を事実として受け止める
多くの子どもは、学校に行けない自分に激しい葛藤と罪悪感を抱いています 。この時期、腹痛や頭痛などの身体症状が出るのは、「行きたくない」という気持ち以上に「からだが動かない」という緊急事態のサインです 。
- 静養の公認: 親が「今は病気と同じ状態だから、堂々と休んでいい」とまず宣言し、治療/休息に専念させることで、子どもを罪悪感から解放します 。
- 身体感覚への共感: 「お腹が痛いのは嘘だ」と疑わず、「ズッシリ重たい感じなんだね」と、本人の身体感覚を代弁し寄り添うことが回復の第一歩です 。
家庭を「安全な基地(セキュアベース)」に保つ
学校というシステムから離脱した子どもにとって、家は唯一の「逃げ場/安全基地」であり、エネルギーの補給地でなければなりません 。
- 課題の分離: 「学校に行くか」は最終的に子どもの課題であり、親がコントロールできないことを認めます。親は裏方に徹し、環境を整えることに集中します。
- パスの権利: 尋問のような会話を避け、「今は話したくない」という沈黙を意思表示(パス)として認めるルールを作ります。これが、親子の風通しを良くします。
「パスの権利」については、当サイトのライターにして「SEL(社会性と情動の学習)」の専門家スミレさんがまとめてくれた記事も、ぜひご参照ください(スガヤ)
■ 「小さな自己決定」と「よさ(リソース)」の観測
無力感に陥っている子どもには、自分で自分の人生を運転している感覚を取り戻させる必要があります。
- 些細な二択: 「おやつはどっちがいい?」「お風呂は先?後?」といった、どちらを選んでも正解になる些細な選択を本人に委ね、「自己決定」の感覚を回復していきます。
- コンプリメント(肯定的な言葉がけ): 「今日は自分で起きられたね」「食器洗いありがとう!」など、結果ではなく「今できていること」を”複数””その場で”※見つけて伝えることで、「自己肯定感」を高めていきます。
書籍によっては「1日3個」や「10回」などバラバラですが、共通するのは「積極的に褒めましょう」かと。
ただし注意が必要で、「ただ褒めれば良い」と半強制的に継続してしまうと、褒めること自体が無力化し、返って反感を抱かれてしまうことも(「どうせ、本に書いてあったんでしょう!」など)。本質は「今後の関係性(の再構築)」ですから、「これを機に、(けなすより)褒める親になろう」と反省し、決意されるのが良いかと思います(スガヤ)
2. やらないほうが良いこと:回復を妨げる「焦り」と「介入」
良かれと思って行う介入(「過干渉」や「過保護」)が、かえって停滞を招くことがあります。
子どもを変えようとすること
心理学者の東畑開人※によれば、対人援助には「ケア」と「セラピー」の2種類があり、不登校の混乱期においては「ケア」一択です。
• ケア(Care)
◦ 傷つけないこと(守ること)
◦ ニーズを満たすこと(相手が求めているものを与えること)
◦ 依存を引き受けること(頼られること)
• セラピー(Therapy)
◦ 傷つきと向き合うこと(痛みを直視すること)
◦ 自立を促すこと(一人で立てるようにすること
◦ 満たせないニーズを変更すること(自分を変えること)
順序の原則としても「ケアが先、セラピーは後」であり(まずケアがあったから、セラピーが有効になります)、混乱期(まさに「心の雨」が激しく降っている時期)において、セラピー的な行為は”時期尚早”であり、避けたほうがよいでしょう。
また、元気な時(晴れの日)には薬になる言葉も、不調の時(雨の日)には毒になります。
- 「頑張った」「頑張れ」の声掛け:普段なら励ましになる言葉も、混乱期には「自分の苦しみを何も分かっていない」「これ以上何を頑張ればいいのか」と相手を傷つけ、心を閉ざさせてしまいます。
- 自分のことは自分でやる:1日中家にいるので、つい「お腹が空いたら自分で作って食べなさい」「自分の部屋なんだから自分で片付けなさい」など言いたくなりますが、ここは何も言わずに「おせっかい」に徹しましょう。
子どもが安心して「無力な存在」でいられる環境を物理的に整える。もちろん、後々自律を促す働きかけを行っていきますが、あくまで”混乱期(パワーがマイナスの時点)には”行わないのがベターです。
上記が詳しく解説されている、東畑開人「雨の日の心理学」は初心者にも読みやすく、とてもオススメです。(いずれブックガイドにもあげますが)迷ったらぜひ、手にとって見てください(スガヤ)
執拗な「原因探し」と「犯人探し」
不登校の「理由」は、複合的な要因が絡み合っていますし、そもそもはっきりしません(「10年後にようやくわかった」など体験談も、複数あります)。なかで「理由」を聞く、まして「問い詰める」のは、百害あって一利なしです。
- 未来へ目を向ける: 「なぜ行けないの?」と過去を問いただしても、本人も理由がわからず自分を責めるだけです。原因探しよりも「これからどうしたいか」という未来に目を向けるほうが建設的です。
- 育て方の後悔を捨てる: 「親の育て方が悪かったのか」といった犯人探しは意味がありません。不登校は誰にでも起こり得る人生の課題です。
よくあるのが、保護者が「私が(も)悪かったね」など謝罪してしまうケースですが、これも(明確な”原因”である場合を除き)基本はやめましょう。
不登校はあくまで、”その子のもの”です。責任を背負ってあげようとか、一緒に悩んであげようという姿勢は「過干渉」です(気持ちは痛いほどわかりますが!)。くれぐれもご注意ください。
「見守るだけ」で何もしない「放置」のリスク?!
ここで、専門家によって意見が分かれる重要なポイントがあります。それは「消極的に待つか、積極的に関わるか?」です。子どもの状態を注意深く観察しつつ、また現在の親子の信頼関係も踏まえ、慎重に判断していきましょう。
- 従来説「見守る」: 「登校刺激」を与えず、”本人が動き出すまでじっと待つ「見守り」”を推奨します 。
- 現代説「積極関与」: ネットやゲームが快適な現代では、”ただ待つだけでは楽なほうへ流され、長期化・固定化する恐れがある”という指摘もあります
現在でも、意見は専門家により真っ二つに割れています。しかしこと最近になるほど、「待機/放置」に警告が増えつつあるようにも見えます。
当サイトの意見は後者、つまり「ただ放置」は危険(「見守る」とは違う)です。こと「不登校は誰にでも起こり得る」という解釈が広がるほど、子どもは”のんびり”しがちです。
このため子どもの状態を丁寧に観察(アセスメント)し続け、心のエネルギーのバロメーターを見極める「観察」姿勢が求められます。
観察には「日記/手帳」がオススメです。
簡単に高価なデジタル機器を買い与える
不登校を機に、「将来のためになるかも」と期待して、子どもの要求通りに高価なPCや機材を無条件で与えることは、「引きこもる環境」を親が追認したことになりかねません。これを端緒にどんどん要求がエスカレートし、利用が過ぎて取り上げたら暴れるようになった、という最悪のケースもあります。
買い与える際は、外の教室に通うなど、社会との接点を持つことを”交換条件”にするのが有効という指摘もあります。いずれにせよ、「混乱期」に行うのは避けましょう。
現代の不登校において、最も議論が分かれるのがこの「ゲーム/SNS」との関わり方です。
肯定的な言説:ゲームは「命綱」であり「避難所」「共通言語」
- 心の鎮痛剤: ゲームやネットは、辛い現実から逃れ、心のバランスを保つための「命綱」や「居場所」であるという考え方です 。
- 緊急避難所:現実がつらすぎる場合、ゲームの世界は「逃げ場」としても機能します。オンラインの世界には、自分の存在を肯定してくれる「友だち」もたくさんいます。
- 興味の種火: どんなゲームに没頭しているかを知ることで、その子の特性やストレスの感じ方が見えてきます。ゲームを共通言語にして会話を再構築することも推奨されます 。
否定的な言説:ゲームは「電子麻薬」であり「思考停止」
- 現実逃避の固定化: 不安を麻痺させるためにゲームにのりこみ、現実と向き合う力を奪う「電子麻薬」であるという強い指摘もあります。
- 毅然とした制限: 昼夜逆転や依存が進む前に、親の覚悟を持ってWi-Fiの制限など環境そのものを変えるべきだという意見もあります。
対立を超えた「個別暫定解」
一つの正解はありません。大切なのは、感情的に取り上げるのではなく、「親子でルール(契約)を作ること」です。一方的な没収は断絶を招きますが、子どもの「楽しみ」を尊重しつつ、生活リズム(食事・入浴・睡眠)だけは守るといった、「不自由さ」をあえて残すことが、社会復帰へのリハビリになるという視点も有効です 。
スガヤの見解
さらに個人的な見解を述べるならば、「ゲームは(条件付きで)OK、SNSはきつく制限」です。こと最近のゲームやSNSは、ユーザーの”心理”まで見透かした上で、とにかく「沼」という罠をしかけてきます。彼らの目的はユーザーの「時間」であり「金銭」で、そこに”道義的責任観”は、ほぼ見受けられません(多くは「自己責任」です)。
ゲームもSNSも「時間制限」は必須、制限には極力”寝る前2時間”を避けましょう(ブルーライトが睡眠を妨害し、昼夜逆転が起きやすくなります)。またゲームの「タイプ」にも要注意で、「事前買い切り型」ほど安全です(この場合、すでに金銭は回収されており、「途中で飽きる/止めるのもユーザーの自己責任」です)
やってはいけないこと:信頼関係の破壊
当サイトの賢明なる読者には、言うまでもないと思いますが…念の為。以下は「絶対にやってはいけません」。一度壊れた信頼を修復するには、壊すにかかった時間よりも遥かに膨大な時間がかかります。
登校の「無理強い」と布団の引き剥がしバトル
泣き叫ぶ子どもを引きずって車に乗せるような強引な行動は、親子関係を決定的に破壊します 。
- 逆効果: 無理やり行かせようとすると、子どもは自分を守るために身体症状を悪化させたり、暴力や暴言などの激しい抵抗(復讐)に出たりすることがあります 。+2
人格の否定と将来の不安を煽る言葉
「逃げ癖がつく」「みんな行っているのに」といった言葉は、子どもの自己肯定感を奪い、絶望感を深めます 。子どもは学校に行けない自分を「故障した機械」のように感じており、親がそれを修理しようと躍起になるほど、心は離れていきます。
暴力や暴言の完全な容認
混乱期、子どもが親に暴力を振るうことがあります。これは甘えや退行現象の一面もありますが、どんな理由があっても「暴力はダメなものはダメ」と外部(警察や専門機関)の力を借りてでも教えるのが親の責任です。親が恐怖を感じ、支配される状況を我慢してはいけません。
結びに:親自身のケアが「安全基地」を支える
「不登校」というに事態に直面したとき、焦って「家庭」や「家族関係」を丸ごと入れ替えようとする必要はありません。しかし、まずは「おうち」という、柔らかく包み込み「絶対安全&安心」な感覚を抱ける環境を、動作させることに徹してください。
また保護者が”不安で暗い顔”をしていると、子どもは「自分のせいで親を不幸にしている」と感じ、エネルギーを奪われます。親自身が第三者(スクールカウンセラーや親の会)とつながり、自分の人生を楽しみ、機嫌よく過ごすこと 。それが結果として、子どもにとっての「安全な基地」の質を高め、自立への歩みを支える一生モノの力となります。
混乱期は、成長のために一度殻にこもる「さなぎ」の時期です。一方で「やらないほうがよい/やってはいけない」を賢く避けることで「信頼関係」が積み上がり、また「やったほうがよい」関わりの温かみと時間の積み重ねが、次の「回復期」を近づけていきます。焦らず、しかし着実に、一日をよりよく過ごすための「個別暫定解」を、お子さんと一緒に積み重ねていきましょう 。
