【第3回】How(おうちで):家庭を「安全基地」にする2つの具体的な実践

〜「パスの権利」と「小さな自己決定」が、折れた心を修復する〜

会話が消えたリビングで、親ができること

スガヤ: スミレさん、前回は「親友を目指さなくていい、緩やかな『シェアのつながり』を認めよう」というお話でした 。非常に心が軽くなった一方で、現実の壁にぶつかっています。 我が家もそうでしたが、不登校の混乱期にある家庭では、そもそも親子で「挨拶」すらままならないことがあります。子どもは部屋に閉じこもり、親が声をかけても無視されるか、激しく拒絶される(特にムスコの反抗期たるや!)。こんな「冷え切った関係」の中でも、SEL(社会性と情動の学習)を実践する方法はあるのでしょうか?+1

スミレ: そうですよね。理論を知っても、目の前のお子さんが心を閉ざしていれば、途方に暮れてしまうのは当然です。 ですが、第1回でお話しした「安全な基地(Secure Base)」という概念に根ざしていれば、きっと大丈夫。家庭におけるSELの第一歩は、何かを「させる」ことではなく、家を「絶対に攻撃されない、安心できる拠点」として再構築することから始まります。そのために、私の論文で紹介した教育実践を家庭用に翻訳した、2つの具体的な方法を提案します。


実践1:沈黙を「意思表示」として認める「パスの権利」

スガヤ: 一つ目は何でしょうか。

スミレ: 「パス(回避)の権利」の付与です。私の論文では、ある授業実践を紹介※豊田ひさき(1994)しました。そこでは、発表が難しい子どもに対して「今日は何を言うか考えていないので明日言います」といった、発表を回避する権利、つまり「安全弁」が用意されていました 。

スガヤ: それを家庭でどう応用するんですか?

スミレ: 不登校のお子さんは、常に親から「明日はどうするの?」「本当は何が嫌なの?」と正解を求められているような圧迫感を感じています。答えたくないから黙り込むのですが、それが親をさらにイラつかせるという悪循環が起きています。 そこで、あらかじめ「話したくない時は『パス』と言っていい。そう言われたら、お父さんもお母さんもそれ以上は聞かないよ」と公式に約束するのです 。

スガヤ: 無視するのではなく、「パス」と言わせるわけですね。

スミレ: はい。「無視」は拒絶ですが、「パス」は立派な意思表示です。「今は自分の内面を明かさない」という判断を自分で行い、それを親が尊重してくれたという経験が、お子さんに「自己のコントロール感」を取り戻させます 。親側としても、「無視された」と感情的にならずに済みますよね。

スガヤ:確かに……「パス可」る、たすかる(失敬)


■ 実践2:正解のない問いでリハビリする「小さな自己決定」

スガヤ: (改めて)なるほど、「沈黙に名前をつける」わけですね。二つ目は?

スミレ:「小さな自己決定」の機会を増やすことです。論文の第3章で私が提案した「宇宙人が喜ぶ飛行機」を作る授業では、一律の目標ではなく、どんな飛行機を作るか、宇宙人をどう喜ばせるかを子ども自身に決めてもらいました 。

スガヤ: これは面白そう!(とりあえず、宇宙人用のお寿司カウンターが必須だな……)「遠くに飛ばす」という一律の競争ではなく、自分の願いを優先させるということですね 。

スミレ: その通りです。ただ、いきなり「宇宙人が喜ぶ飛行機を考えよう」と言われても、エネルギーが枯渇している子には、それすら大きな負担(高い壁)に感じられるかもしれません。大切なのは、その「自分で決める」という行為の難易度を、今の本人の状態に合わせて、どこまででも低く設定し直すことです。

スガヤ: 難易度を下げる……。つまり、もっと手前の、日常的な話にするということですか?

スミレ: はい。不登校の子は「学校に行けない」という大きな挫折感の中で、自分のあらゆる判断に自信を失っています 。だからこそ、まずは「失敗しても何も困らない、正解のない些細な場面」で、決定の筋肉をリハビリする必要があります。 例えば、「今日のおやつ、プリンとゼリーどっちにする?」でもいい。あるいは「お風呂、先に入る? 後にする?」といった二択でも構いません。親が良かれと思って先回りして決めてしまうのではなく、あえて小さな選択肢を提示し、お子さんに選ばせるのです 。+3

スガヤ: そんな些細なことでいいんですか?

スミレ: その些細な”積み重ね”が重要です。自分の好みや感覚を言葉にし、それが受け入れられる経験は、SELの基礎である「自己への気づき」を育みます 。子ども自身が「自分の感覚を信じてもいいんだ」と思えるようになると、少しずつ外の世界に対しても「こうしたい」という意欲が芽生え始めます。


【スガヤ:「おうちSEL」の翻訳】

スミレ氏の提案を、保護者の立場から改めて整理してみます。

不登校の前駆~混乱期で、ボクたちはつい「学校」という大きなハードルばかりを見て、子どもを「どう動かすか」に必死になりがちです。しかし、スミレさんの論文が教えてくれるのは「心の土台の修復」こそが先決であるということです 。

  • パスの権利:親の不安からくる「尋問」をやめ、子どもの沈黙(安全弁)を保証すること 。
  • 小さな自己決定:生活の主導権を少しずつ本人に返し、折れた「意思決定」の筋肉を鍛え直すこと 。

これらは登校させるためのテクニックではなく、子どもが「自分は自分のままで大丈夫だ」という安心感、つまり「安全な基地」を家庭内に取り戻す(再構築する)ための、ひとつ手法なのですね。


焦らず、「待つ」こともSELの一部

スガヤ: 「パスの権利」と「小さな自己決定」。どちらも、親が主導権を手放す勇気が試されますね。でも、これを続けていれば、いつかは子どもが部屋から出てきて、自分から何かを話し始める日が来るのでしょうか。

スミレ: 論文で紹介した不登校児の教室復帰の事例でも、教師が子どもに合わせる姿勢を持ち、スモールステップで少しずつ関わる場所を広げていったことで、最終的に子どもが自らのペースで関係を再構築していきました 。 大切なのは、親が焦って「基地」の外へ引っ張り出さないことです。お子さんが「ここなら何を選んでも否定されない」と確信できた時、彼らは自ずと自分なりの「飛行機」を飛ばす準備を始めます 。+4

スガヤ: 待つこともまた、高度なSELの実践なんですね。 次回は、家庭から一歩出て、フリースクールなどの「集団の場」へ向かう際の関わり方について伺います。支援者の方にもぜひ読んでほしい「失敗の価値づけ」についてのお話です。

スミレ: はい。大人がどう「失敗」を見せるかが、子どもたちの勇気を左右します。次回もよろしくお願いします。

続き:【第4回】How(複数人~チームで):支援現場へ提案する「失敗の科学」

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