・書籍タイトル: 子どもと学校
・著者: 河合 隼雄
・出版社: 岩波書店
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「教育」という営みを、根本から問い直す
「なぜ学校へ行かないのか」「このままどうなってしまうのか」。不登校の子どもを持つ親御さんの心は、常に正解のない問いで満たされています。本書は、日本におけるユング心理学の第一人者であり、長年カウンセリングの現場に立ち続けた河合隼雄氏が、教育の常識を「臨床」の視点から優しく、しかし鋭く問い直した一冊です。 著者は、学校へ行かないことや病気、遊びといった一見「無駄」や「マイナス」に見えるものの中に、人間が成長するための深い意味を見出します。教育とは単に知識を「教える」ことではなく、子どもが自ら「育つ」のを支えること。その原点に立ち返ることで、焦る大人の心に「待つ」ための勇気と視座を与えてくれます。
ポイント: 不登校は「さなぎ」の時期、自立への創造的な「こもり」
本書の核心は、不登校などの問題を単なる病理として処理するのではなく、魂の成長に必要なプロセスとして捉え直す点にあります。
・「臨床」の視座: 「健康」や「勤勉」だけが善ではなく、「病気」や「遊び」の中にも、人間が深く生きるための光があることを説きます。マイナスの現象を通じてプラスが生まれる過程こそが、本来的な教育であるという視点は、不登校に悩む親の価値観を大きく転換させます。
・父性と母性: 日本の学校や家庭に根強い「母性原理(包み込む機能)」と、自立のために必要な「父性原理(切る機能)」の対立と調和について解説。どちらが良い悪いではなく、そのバランスの中で子どもがどう育つかを考えます。 ・不登校の「処方箋」: 不登校を、毛虫が蝶になるための「さなぎ」の時期に例えています。一見、動かず怠けているように見えても、内側では劇的な変化が起きている。その時期に必要なのは、無理に引っ張り出すことではなく、殻となって中身を守り、じっと「待つ」ことであると説きます。
この本について
・独自の視点
不登校や非行といった「問題行動」を、排除すべき異物としてではなく、その子の人生における「意味のある物語」として読み解く点が最大の特徴です。「なぜ行かないか(原因探し)」よりも「これからどうなるか(未来志向)」に目を向ける姿勢は、当サイトのスタンスとも強く共鳴します。
・相対評価
・評価軸の傾向
・理論(抽象) ⇔ 方法(具体): 理論(抽象)寄り。具体的な対応マニュアルというよりは、親としての「在り方」や「人間観」を養うための本です。
・ドライ(客観) ⇔ ウェット(感情): ウェットとドライの融合。温かい眼差し(母性)と、冷徹な分析(父性)が共存しています。
・今すぐ(短期) ⇔ じっくり(長期): じっくり(長期)。即効性のある解決策ではなく、子どもの一生を見据えた長い目での関わり方を説きます。
・当事者目線 ⇔ 支援者目線: 支援者(親・教師)目線。大人がどう子どもに関わるべきか、その姿勢を問います。
・ ポジティブ(肯定的) ⇔ ニュートラル(客観的): ニュートラルなポジティブ。「悪いこと」の中にある肯定的な意味を見出します。
・発達特性との関連度: 2。特定の特性への対応策ではありませんが、個性をどう尊重するかという普遍的なテーマを扱っています。
まとめ: 「待つ」という能動的な愛
本書は、不登校を「さなぎ」の時期と捉えることで、親御さんに「待つ」ことの意味と価値を教えてくれます。ただ放置するのではなく、希望を失わずに、殻となって外敵から守りながら待つ。それは、何かをしてあげること以上にエネルギーを要する、能動的な愛の形です。 「人間はよりよくなるためには、悪くなることが必要」。著者が紹介するこの言葉は、暗闇の中にいるように感じる今の状況が、実は夜明け前の大切な準備期間であることを教えてくれます。焦りや不安で押しつぶされそうな時、この本は親御さんの心を支える「杖」となってくれるでしょう。
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スガヤのふせん ~個人的ブックマーク
不登校の保護者にとって、最も苦しく、かつ最も必要なのが「待つ」ことではないでしょうか。著者は、不登校を「さなぎ」に例えます。
さなぎになって動かなくなったからと言って、毛虫の時代の心がけが悪かったなどと反省してもはじまらない。さなぎをつっつきまわすようなことをしないで、じっと待っていたら、それは蝶になるのであり、蝶という未来の姿を知ることによって、さなぎの意味もわかるのである(P.150より)
この一節には、ハッとさせられました。ボクたちはつい、子どもが動かなくなると「育て方が間違っていたのか」「あの時のあれがいけなかったのか」と過去の「原因探し」に奔走し、さなぎをつっつき回してしまいがちです。でも、さなぎの中で起きているのは、ドロドロに溶けた体が蝶へと再構築される、想像を絶するエネルギーの営みなんですね。 著者はまた、「待つ」ことは「放置」でも「干渉」でもないと言います。「干渉はしないが、放っておくのではない」という、修行僧のような高い境地が求められると。 これは本当に難しいことですが、著者は優しくこうも言っています。「希望を失わずに待つ」ことが大切だと。 「いつかはよくなる、という希望を失わない」。 現実には、四六時中そんな聖人のような気持ちではいられないかもしれません。でも、イライラしてしまった夜にこの本を開くと、「ああ、今はさなぎなんだな。中で一生懸命、蝶になろうとしているんだな」と思い直すことができる。 不登校という現象を、単なる「停滞」ではなく、自立へ向けた「創造的なこもり」として捉え直す視点は、親御さんの肩の荷を少しだけ、でも確実に軽くしてくれるはずです。

