このたび当サイト(team No_mark)では、Amazonにて「不登校をひらく」を発売しました。その内容(書籍でご紹介した60パターン)については以下のページで詳しく解説していますが、改めて「なぜ書籍を発売するに至ったのか?」について、当ページでその「まえがき」を抜粋してお伝えします。
少し長いのですが……従来とは違う、また書籍や専門家のアドバイスとも一風変わったご提案について、ぜひお時間のあるときにご参照ください。
まえがき
改めまして、本書を手に取っていただきありがとうございます。『不登校をひらく(Team NO-MARK)』編集長の、スガヤと申します。
ボクは、長年教育業界に身を置きながら(全部つなげると、通算10万人、3~65歳の学びに寄り添ってきました)、現在は不登校の子どもを持つご家族をサポートする活動を続けています。
直近では「不登校」でお悩みの親子を支援する活動に従事してまして、本書ではその活動から得られた知見を「パターン・ランゲージ(成功事例や熟練者の経験則から共通する『パターン』を抽出し、解決策とともに体系的に言語化したもの)」としてご紹介しています。
これらパターン、および活動から得られる結論を先に提示するならば、以下のようになります。
- 当書籍は「必ず再登校」を目指すものではありません。
- 従来の論調(「登校刺激はせず、本人がその気になるまで十分休ませて」など)に囚われません。
- 「放置」するのではなく、積極的な「おうちじかん」の活用を目指します。
- 保護者の方が徐々に、積極的な関わりを通して「SEL(社会性と情動の学習:感情の管理や対人関係スキル)」を子どもと学んでいくための実践的なガイドです。
- 不登校を機会に、家庭を自律のための「拠点」に作り替えることを提案していきます。
「ただ待つだけ」は、本当に「ただ待つだけ」になってしまう
ボクたちの課題意識(当書籍を通して伝えたいこと)は、「待つだけ」では何も解決しない、ということです。
経験則から、子どもがその気になるまで「ただ待つ」という時間は、文字通り「ただ待つだけ」になってしまうことが少なくありません。まずボクたちが直視しなければならないのは、「子どもの回復力を信じて待つ」という選択が、時として事態を膠着させ、意味のない停滞を長引かせてしまうという冷徹な現実です。批判を恐れずに言えば、それは「放置」に近い状態を生み、かえって回復を遠ざけてしまうリスクを孕んでいます。
昭和から平成にかけて定着した「見守り」という優しさは、確かに多くの親子を救ってきました(先人たちが積み上げてきた「不登校論」の進化やその活動には、ボクも尊敬の念を禁じ得ません)。 しかし一方で、出口の見えないままSNSやゲームに没頭し続ける時間を「必要な休息」という言葉で包み込み、結果として解決を先送りにしてきた側面も否定できません。
このように、専門家のアドバイスのみに頼り切り「ただ待つ」のではなく、自らの頭で考え、調べ、選んで「動く」こと。それが、この不登校での「停滞」を打破するために最も大切な姿勢だとボクは確信しています。
「ただ待つ」時間を、「適切に関わる」時間へ
本書では、不登校における最大の議論である「学校に戻るべきか、否か」という大きなテーマは、一旦横に置いておきます。それよりも本書でこだわりたいのは、日々の細かな声かけや、保護者の何気ない態度、そして子どもの「感情」や「人間関係」をどう整理し、立て直していくかという点です。
これまでの不登校論の多くは、「いかにして学校に戻すか」を唯一のゴールに据えてきました。そこでは、「誰が」「何を」「どのように」すべきか?果ては学校や教師はどうあるべきか?という、壮大な問いとして「大きな枠組み(ハード面)」の議論が中心になりがちです。一方で、肝心の子ども本人に対しては、「放置」に近い見守りか、あるいは「何でも認める」「とにかく褒める」といった、摩擦を避けるための対症療法的な関わりが強調されてきました。
対して本書が目指すのは、「不登校かどうか」という枠組みに囚われない、人間としての「日常の在り方」「感情や人間関係の扱い方」を学ぶことです。再登校という大きな目標を「100」とするならば、本書の射程は、日々の「1」の積み重ねにあります。総論としての不登校論を語るのではなく、具体的な「各論」として、今日から家庭で行えて親子で学べる、「おうちじかん」の活用法を提案します。
「おうちじかん」で「こころ」を学ぶ
この「おうちじかん」において、ボクたちが焦点を当てるのは、自分自身の「感情」や「他者との関わり方」です。これらは「SEL(ソーシャル・エモーショナル・ラーニング:社会性と情動の学習)」と呼ばれ、アメリカを中心に国際的に研究が進んでいる領域です。
日本でも2022年改定の「生徒指導提要」において、子どもたちの社会性を育むプログラムとして導入が紹介されました。また最近では、働く現場においても「IQ(知能指数)よりEQ(心の知能指数)」が重要であると強調されるほど、感情と人間関係の調整能力は重視されています。
学校の勉強という「アタマ(IQ)」の訓練よりも、自分自身を律し、他者と共鳴する「ココロ(EQ)」の土台を大切にすること。自分たちの足元を固め、自ら歩む道を少しずつ舗装していく作業。それは単なる「勉強法」の模索ではなく、「自分はどう生きていきたいか」という、自律のために欠かせないステップです。
「人生」という長期戦を見据えて
本来、これらは生きていく上で”最も重要”な知恵であるはずです。しかし、今の社会でこれらをじっくり学べる機会は、驚くほど限られています。その結果として、一流の大学を卒業し、誰もが知る企業に就職しながらも、その後に心を病んでしまったり、人間関係のトラブルで立ち往生してしまったりする事例は少なくありません。あるいは、自分の本心に蓋をし続けた結果、「やりたいことがわからない」「何のために生きているのか見失った」という迷いや、深い孤独の中に露頭に迷う姿も散見されます。
たしかに、学校に行かない期間が続けば、「勉強」の進み具合は遅れてしまうかもしれません。しかし、「人生」という長い時間軸で捉えるなら、知識を詰め込むだけでなく、自分の心を知り、整えることの方がはるかに大切に思えます。
不登校という機会と期間(=「おうちじかん」)を、その大切な知恵を適切に学べる「またとない機会」と捉えるならば、そしてその「最適なガイド」として日々、保護者が寄り添えるならば?不登校は必ずしも「不幸」で「停滞」の時間ではなくなるのではないか?それこそがボクたち、および本書での企みです。
教科書に頼らず、自分のアタマで考え選択肢を作り、選んだ道を「自分たちの正解」にしていく。人生を切り拓くには、そんな「しなやかで強いココロ」が必要です。本書では、その自律へと続く具体的な設計図と、日々の小さな学び方を、ここから一歩ずつ提示していきます。
とあるママたちのストーリー
さて、本書ではここから、具体的な「ココロの実践」を学んでいくにあたり、四人のママたちに登場してもらいます。
彼女たちは、ボクが勉強会で出会った多くの方々をモデルにしていますが、特定の誰かを指すものではありません。また、登場人物を「ママ」に絞ったのには理由があります。現状、ボクの勉強会に足を運んでくださる方のほとんどが「ママ」であるという現実があるからです。(ボクのような「パパ」としての関わり方については、また別の機会にじっくりお伝えできればと思います)
彼女たちの日常にある「停滞」の形を、順に見ていきましょう。
1.疲田さん:霧の中の自問自答
事務職として働く疲田さんの朝は、小学五年生の息子の部屋の前にある「沈黙」を確認することから始まります。登校しぶりから始まり、気づけば朝の光を避けるように布団から出なくなって数ヶ月。きっかけが何だったのか、今となってはもう分かりません。かつての「手のかからない子」という姿は、淡い霧のように消えてしまいました。
職場での疲田さんは、周囲には「少し体調を崩していて」と取り繕いながら、パソコンの画面の隅で不登校に関する情報を無意識に追い続けています。昼休みに一人でお弁当を食べながら、スマホで「不登校 原因」「不登校 対策」などと検索し、矛盾するインフルエンサーたちの言葉に翻弄される日々。深夜、家中の音が止まったリビングで、疲田さんは一人、過去の自分の言動を何度も問い直します。「あの時の私の選択が間違っていたのではないか?」。どこかにあるはずの「唯一の正解」を求めて、得体の知れない不安を募らせています。
2.家野さん:穏やかな沼の底で
パート勤務をこなす家野さんの家には、一見すると平和な日常が戻っています。中学三年生の息子が不登校になってから一年半。「本人が動き出すまで待つのが正解だ」という言葉を信じ、家野さんは食事を運び、ゲーム環境を整える「お世話」を続けてきました。ある本にあった「とにかく褒める」という手法も忠実に守り、毎日三回以上、息子に言葉をかけ続けてきました。
しかし、息子は次第に無反応になり、最近では褒め言葉を投げかけても、ゲームのモニターを眺めるだけになりました。パート先で周囲の受験の話をやり過ごしながら、家には「未来」という概念を持ち込まないよう細心の注意を払う。将来の話をすれば、この穏やかな均衡が壊れてしまう。そう恐れるあまり、家野さんは形骸化した「褒める」という技術に縋り、現状を維持することに専念してしまいました。平穏という名の沼の底で、息子との間に横たわる「埋まらない溝」を、彼女は直視できずにいます。
(※他の2名は、「Vol.2/不登校の過ごし方」で登場していただきます)
この四人のママたちは、どのようにして「おうちじかん」を、単なる「停滞(放置)」から、自律のための「学び(関わり)」へと変えていったのでしょうか。
そのプロセスをガイドするために、ボクともう一人、心強いパートナーを紹介させてください。「チーム・ノーマーク」のメンバーであるスミレさんです。
スミレさんは、アメリカで提唱された感情教育の枠組みである「SEL(社会性と情動の学習)」を専門的に学び、日本の教育現場でもその実践を重ねています。ボクが不登校の保護者の方々との対話(および自身の経験)から得た「現場のリアル」に対し、スミレさんは「どうすれば人は感情を整え、他者と健やかな関係を築けるのか」という科学的な知見とアプローチを、家庭で使える具体的な形に落とし込んでくれました。
ちなみにボクたちのチーム「ノーマーク(誰からも評価されず、型にはまらない)」には、さらに元不登校当事者(親子)や教育支援者が複数名いて、当書籍の内容や掲載するパターンについては、彼らの厳選な選定と微調整を経て決定しています。
ボクの「現場視点」と、スミレさんの「教育実践の知恵」、さらにチームノーマークによる「多様・重層・複眼性」。 このかけ合わせがあるからこそ、本書の提案は単なる理想論ではなく、今日から食卓で、リビングで、すぐに試せる「生きた手法」となりました。
それでは「まえがき」の締めくくりとして、スミレさん、バトンを渡します!
まずは、自分を守ることから
スミレ:これからご紹介する三十の手法(パターン)は、けっして「子どもを学校へ戻すための魔法」ではありません。それは、親子の間に絡まってしまった糸を一本ずつ解き、家庭という場所を、誰もが自分らしく呼吸できる「拠点」に作り替えるための工夫です。
全三巻(※「vol.1/乗り越え方」「Vol.2/過ごし方」「Vol.3/学び方」)のうち、第一巻となる本書「乗り越え方」では、主に初期の混乱期における「保護者から子どもへの関わり方」に焦点を当てます。取り組みのプロセスを、大きく以下の4つのステップに分けました。
<「おうちSEL」の4ステップ>
↓ 本著(Vol.1)でのフォーカス
- ステップ1(守り × 自分): まずは保護者自身の心身を徹底的に回復させ、これからの長期戦に備えて「レジリエンス(折れない心)」を高めていきましょう。
- ステップ2(守り × 他者・環境): 世間の目や学校からのプレッシャーを物理的・心理的に遮断します。なにより、子どもにとって「おうち」が真の安全基地になるよう整えていきます。
↓次回(Vol.2)扱います
- ステップ3(攻め × 他者・環境): 親子関係の再構築、およびパートナーや学校以外の社会とのしなやかな関わり方、新たな居場所を模索していきます。
- ステップ4(攻め × 自分): 不登校を経た「新しい日常」の中で、親子がそれぞれの人生を取り戻し、よりよい生き方を再構築していきます。
今、みなさんの心は、疲田さんのように不安の霧の中にいたり、家野さんのように張り詰めた糸の上にいたりするかもしれません。そんな状態で「どうにか子どもを動かそう」と焦っても、力が入るばかりで空回りしてしまいます。
だからこそ、最初の一歩は「守り」から始めます。 まずは保護者ご自身の、そして子どもの、言葉にならないモヤモヤを整理すること。家の中の空気を少しだけ、柔らかくすること。
それでは、第一章の扉を開きましょう。 最初のテーマは、疲田さんのように「深夜の自問自答」で眠れない夜を過ごしている方に、真っ先に手渡したい知恵と実践術です。
疲田さん:ちょっと待って!ただでさえ最近悩みが深くてじっくり物事を考えづらいのに、専門書を読み込むのは大変。さらに「SEL」を学ばなきゃって……それって、どれくらい難しいの?
スガヤ:疲田さん、その心配や抵抗感、本当によくわかります。夜中にようやく一人の時間ができて、重い腰を上げて専門書を開いても、難しい理論や聞き慣れない用語が並んでいるだけで、「ああ、やっぱり私には無理だ……」と本を閉じてしまう。今の疲田さんに「すべて通読しましょう」なんて、とても言えません。 読書のメリットは、特定の知識を深く、また素早く学べることかと思うのですが、一方で文字を読み込むカロリーは相当なもの。また肝心の「実践」となるとこれまたハードルが高くて、読書(や勉強会)で得た知識は「10,000人が学んで、100人がやってみるが、その後続けられるのは1人だけ」などと言われます。
だからこそ、ボクはこの「パターン・ランゲージ」という手法を選びました。 一言でいえば、これは不登校支援における「知恵のミールキット」です」
専門書はいらない。「知恵のミールキット」でいこう
疲田さんが心配している「大変な作業」をショートカットするために、「パターン・ランゲージ」は存在します。なぜこれが、疲れ切った疲田さんの助けになるのか。最近流行りの「ミールキット(必要な人数分の食材(肉、野菜など)と調味料、レシピ(作り方)がセットになった調理用食材セット)に例えてお話ししますね。
1. 面倒な「下ごしらえ」は済ませておきました 不登校という複雑な問題を理解しようとするのは、泥のついた大量の野菜を前にして、献立を考えるところから始めるようなものです。皮を剥き、アクを抜き、刻むだけで力尽きてしまいますよね。 パターン・ランゲージは、熟練の支援者が行っている「状況の整理」や「問題の切り出し」という面倒な下ごしらえを、あらかじめ済ませてパッケージ化したものです。疲田さんは袋を開けて、目の前のフライパン(現実)に具材を入れるだけでいいんです。
2. お好みで、ご家庭の味に調整できる これまでのアドバイスは、極端なものが多かったかもしれません。
- 抽象的すぎるスローガン(=料理学の教科書): 「子どもに寄り添いましょう」と言われても、具体的になにを作ればいいか分かりません。
- 具体的すぎる指示(=レンジでチンする冷凍食品): 「こう言え」「これをしろ」という命令は、楽ですが応用が効きません。なにより、自分の子どもの性格(味の好み)に合わないことがあります。
パターン・ランゲージは、その中間。いわば「カット済みの具材と、特製調味料」のセットです。基本のレシピはありますが、最後の塩加減(声のトーンやタイミング)は、疲田さんが子どもの様子を見ながら調整できます。だから、無理なく「わが家流」に仕上げられるんです。
3. 「認識の眼鏡」:献立に名前がつく安心感 今の疲田さんは、真っ暗なキッチンで、何があるかもわからないまま手探りで料理をしているような状態です。 パターンを知ることは、「名もなき料理に名前をつけること」に似ています。 「これは私のせいという『失敗作』ではなく、今は『霧の中の自問自答』というメニューを作っている最中なんだ」と名前がわかるだけで、パニックは収まり、次にどの調味料を入れればいいかが見えてきます。また気に入った料理があったとして、子供から「また”あれ”作って!」というリクエストも、的確に受け付けられますね。
学ぶのではなく「今日、使う」だけ
つまり疲田さんの「『こころ』を学ぶって、どれくらい大変なの?」 という問いに応えるならば、「学ぶ」でなく「使う」なので、それほど難しくありません。「学ぶ」となると、分厚い教科書を連想してしまいますよね。でも、これは「学ぶ」というより、「使いやすいパターンをキッチンに並べておく」くらいの感覚でいいんです。
難しい理論を暗記する必要はありません。また、正しく順番通りに導入しなくてもよいのです。 困った時に「あ、あのパターンを使ってみよう」と思い出す。それだけで、熟練の支援者のような「いい塩梅」の関わりが、疲田さんにもその場でできるようになります。
疲田さんの深夜の焦げ付きそうな不安を、さっと和らげる最初のレシピ。まずは一緒に試してみませんか?
