不登校ブックガイド|#教師のバトンとはなんだったのか――教師の発信と学校の未来:先生たちの「SOS」を知ることは、わが子を守る盾になる

・書籍タイトル: #教師のバトンとはなんだったのか――教師の発信と学校の未来
・著者: 内田良、斉藤ひでみ、嶋﨑量、福嶋尚子
・出版社: 岩波書店(岩波ブックレット)
・ご購入はこちらから: https://amzn.asia/d/5m0Gv9U

・目次
はじめに(斉藤ひでみ) 第1章 「魅力の向上」がもたらした大炎上(内田良) 第2章 なぜ教師は本音を言えなかったのか(斉藤ひでみ) 第3章 法的障壁はそもそも存在しない?(嶋﨑量) 第4章 もの言わぬ教師はいかにつくられたか(福嶋尚子) 第5章 未来へのバトン(内田良)

目次

「先生」もまた、苦しみの渦中にいる

不登校のお子さんを持つ保護者の方々にとって、学校や担任の先生とのやり取りは、時に大きなストレスの源となります。「こちらの意図が伝わらない」「対応が機械的だ」「子どもの辛さをわかってくれない」。そう感じて、学校への不信感を募らせることも少なくないでしょう。 しかし、本書を読むと、別の視点が見えてきます。それは、先生たち自身もまた、過酷な労働環境と「聖職」というプレッシャーの中で、声を上げられずに苦しんでいるという現実です。 本書は、2021年に文部科学省が教職の魅力を発信しようとして始めたハッシュタグ「#教師のバトン」が、結果として現場の教員からの悲痛な叫びであふれかえり「大炎上」した騒動を、教育社会学者、現役教員、弁護士、教育行政学者が多角的に分析した一冊です。 先生たちが置かれている「余裕のなさ」の正体を知ることは、学校への過度な期待を手放し、保護者自身の心を平穏に保つための、一つの防衛策になり得ます。

ポイント: 「先生」の仮面の下にある、生身の人間の叫び

本書の核心は、学校という場所が、子どもだけでなく教師にとっても「ものを言いにくい」「弱音を吐けない」硬直したシステムになってしまっていることを明らかにしている点です。

・「魅力発信」と「過酷な現実」のギャップ: 文部科学省は教員不足を解消するために「教職の魅力」をPRしようとしました。しかし、現場からは「残業代なしの長時間労働」「休憩時間数分」「部活動の強制」といった、ブラックな実態を告発する投稿が殺到しました。これを著者の内田良氏は、マイナスに蓋をしてプラスを語ろうとする「魅惑モデル」の破綻だと指摘しています。

・「もの言わぬ教師」が作られる構造: なぜ先生たちは今まで声を上げなかったのか。それは「子どものために尽くすのが当たり前」という「聖職者意識」や、職員会議がただの伝達の場となり議論が封じられてきた歴史的経緯があるからです。先生たちは、子どもの前では笑顔でいなければならないという呪縛の中で、心身をすり減らしています。

・教員の健康は、子どもの安全に直結する: 余裕のない先生は、子ども一人ひとりに寄り添うことができません。本書は、教員の働き方改革こそが、結果として子どもの人権を守り、教育の質を担保する「持続可能モデル」であると説いています。

この本について

・独自の視点
不登校関連の書籍は「子ども」や「親」に焦点を当てたものがほとんどですが、本書は「先生」という環境要因にスポットライトを当てています。学校の対応が冷たく感じるのは、個々の先生の人間性の問題というよりも、システム全体が疲弊しているからなのかもしれない、という構造的な理解を促してくれます。

・相対評価
・評価軸の傾向(ポイント形式) 理論(抽象) ⇔ 方法(具体): 理論(構造分析)。なぜ学校が今の形になっているのか、歴史や法律から紐解きます。
・ドライ(客観) ⇔ ウェット(感情): ウェットな現実を、ドライな分析で支える。SNS上の悲痛な叫び(感情)を、専門家が冷静に分析しています。
・今すぐ(短期) ⇔ じっくり(長期): じっくり(長期)。学校教育全体のあり方を問う内容です。 当事者目線 ⇔ 支援者目線: 支援者(教師)目線。教師側の苦悩を深く掘り下げています。
・ポジティブ(肯定的) ⇔ ニュートラル(客観的): クリティカル(批判的)。現状の学校システムに対して鋭い警鐘を鳴らしています。
・発達特性との関連度: 1。直接的な記述はありませんが、多様な子どもを受け入れる余裕が学校にない原因を知る手がかりになります。

まとめ: 学校への「期待」を「理解」に変えて、親の心を守る

本書は、決して学校や先生を擁護するための本ではありません。むしろ、現在の学校システムがいかに「機能不全」を起こしているかを告発しています。 しかし、不登校のお子さんを持つ保護者にとって、この現状を知ることは重要です。「先生もまた、システムの中で溺れかけている一人の人間なんだ」と理解することで、学校に対する「なんでやってくれないの」という怒りや焦りを、「今は無理なんだな」という冷静な諦め(明らめ)に変えることができるからです。 学校と戦うのではなく、学校の限界を知った上で、わが子のために家庭で何ができるかを選択する。そのための判断材料として、本書は非常に有益です。

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スガヤのふせん ~個人的ブックマーク

親御さんのカウンセリングをしていると、「担任の先生の言葉に傷ついた」「学校が事務的すぎる」というお話をよく伺います。その怒りや悲しみはもっともです。 しかし、本書にある現役教員たちのツイート(叫び)を読むと、胸が締め付けられる思いがします。 「出勤7時、退勤21時、基本的に休憩なしです。小学校勤務、初任者で1年目、まだ4日目でこの状況です。もう限界です。助けてください」 「我が子と会って話ができるのは1日に10分ぐらい。(中略)こんなに愛しい我が子がいるのに、何やってるんだろ、私」 こんな極限状態で働いている人たちに、「不登校のわが子に、きめ細かく、個別の配慮をしてほしい」と求めるのは、砂漠で水を求めるようなものかもしれません。

著者の内田先生はこう指摘します。

いま、学校の教師は崖っぷちに立たされている。(中略)それでも子どもの前では、『いつも笑顔』で気丈に振る舞う。その笑顔の奥は、泣いている(本文より)

不登校は、子どもからの「今の学校システムには合わない」という命のメッセージですが、同時に先生たちからも「今の働き方は限界だ」というメッセージが発せられています。 最終的に双方が目指すのは、「子どもが自立すること」です。そのためには、親であるボクたちが、学校という場所に過度な幻想を持たず、良い意味で「期待値を調整する」ことが大切なのかと思いました。

そうでなくても「先生たちも大変なんだな」と、一歩引いて見られる視点と余裕を持つこと。学校が変わるのを待つ、または無理やり変わるよう要求するでもなく、まずはボクたちが学校という「巨大なシステム」を冷静に(やや穏やかに)見つめることから始めましょう。

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