不登校ブックガイド|不登校の本質:「見守る」だけで解決しない時、親はどう動くべきか。行動療法が示す「再登校」への科学的アプローチ

・書籍タイトル: 不登校の本質―不登校問題で悩める保護者の皆さんのために―
・著者: 小野 昌彦
・出版社: 風間書房
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目次

「見守る」だけで解決しない時、どう動くか。行動療法が示す「再登校」への道筋

不登校支援の現場では、「無理をさせず、エネルギーがたまるのを待ちましょう」というアドバイスが一般的です。しかし、数ヶ月、数年と待ち続けても状況が変わらず、どうすればよいか途方に暮れている保護者の方も少なくありません。著者は、こうした「待つ」だけの対応が、かえって問題を長期化させ、子どもが本来持っている教育を受ける権利を損なう場合があると警鐘を鳴らします。

本書は、行動療法(応用行動分析学)を専門とする著者が、20年以上にわたる臨床経験とデータに基づき、「再登校」という具体的な結果を出すための理論と技法を体系化した専門書です。著者は、不登校を単に「心理的な問題」として内面のみを扱うのではなく、「行動の問題」として捉え、環境や対応を変えることで解決可能であると説きます。

1. 「契約」としての義務教育保障

――保護者の方が果たすべき責任とは

本書の最も特徴的な視点は、学校と保護者の方の関係を「契約」という言葉で定義している点です。公立学校における義務教育は、国が提示する教育内容(学習指導要領など)を、保護者の方が「子どもに受けさせたい」と合意し、入学手続きをとることで成立する契約関係にあると著者は述べます。

したがって、不登校とはこの「契約」が履行されていない状態であり、子どもの「教育を受ける権利」が侵害されている状態であると定義します。「子どもが行きたくないと言うなら行かなくていい」という考え方は、一見子どもを尊重しているように見えますが、著者はこれを法的な視点からは「教育を受ける権利の放棄」であり、保護者の方の責任放棄になりかねないと厳しく指摘しています。

この「契約」の意識を持つことで、保護者の方は「子どもの顔色をうかがう」立場から、「子どもの権利を守るために、必要な環境を整える(時には嫌がることもさせる)」というリーダーシップを取り戻すことができると説かれています。

2. 「嫌を嫌でなくする」アプローチ

――回避させるのではなく、乗り越える力をつける

不登校は、学校にある「嫌なこと(ストレス源)」からの回避行動です。一般的な支援では、この「嫌なこと」から遠ざける(休ませる・環境を変える)アプローチが取られがちです。これを著者は「嫌を嫌のままにするアプローチ」と呼び、それでは根本解決にならないと指摘します。

本書が提唱するのは「嫌を嫌でなくするアプローチ」です。例えば、体力がなくて学校が辛いなら体力をつける、勉強が分からなくて辛いなら学習支援をする、対人関係が苦手ならソーシャルスキルをトレーニングする。このように、不登校の原因となっている要素を具体的に特定(アセスメント)し、それに対処するスキルを身につけさせることで、「嫌なこと」を克服可能なものへと変えていく手法です。

3. 学校と保護者の「4つのタイプ」

――解決を阻むパターンの分析

著者は、学校と保護者の方のスタンスを「契約意識の有無」と「アプローチの方法」でマトリクス化し、4つのタイプに分類しています。

  • Ⅰ型(契約・嫌を嫌でなくする): 義務教育を保障する意思があり、かつ具体的な解決策(トレーニング等)を行う。最も再登校成功率が高い。
  • Ⅱ型(非契約・嫌を嫌でなくする): 学校復帰にはこだわらないが、子どものスキルアップは行う(例:特定の才能を伸ばすなど)。
  • Ⅲ型(契約・嫌を嫌のままにする): 学校には戻したいが、具体的な解決策がなく、精神論やただの登校刺激に終始してしまう。
  • Ⅳ型(非契約・嫌を嫌のままにする): 「無理しなくていい」と回避を容認し続け、具体的な成長への介入もしない。最も解決が困難で、長期化しやすいパターン。

現状の不登校支援の多くが「Ⅳ型」に陥っていると著者は警鐘を鳴らし、「Ⅰ型」への移行こそが解決の鍵であると述べています。

4. 再登校への「スモールステップ」と「行動契約」

――科学的な手順による支援

精神論ではなく「行動療法」に基づく本書では、再登校までの道のりを非常に具体的なステップで示しています。

  • 行動アセスメント: 何が登校を阻んでいるのか(体力、学力、対人不安、生活リズムなど)を詳細に分析する。
  • シェイピング(形成化): いきなり教室に戻すのではなく、別室登校や放課後登校など、ハードルの低い目標から始め、徐々に目標に近づけていく。
  • 行動契約: 「〇〇ができたら、ゲームを〇時間してよい」といった具体的なルール(随伴性)を親子で取り決め、好ましい行動を増やしていく。

著者は、再登校を「富士登山」に例え、十分な装備(スキル・体力)と計画(ルート)なしに挑むことは無謀であると説きます。逆に言えば、適切な準備と手順を踏めば、再登校は十分に可能であるという希望が示されています。

この本について

・独自の視点
「心」の問題として扱われがちな不登校を、「行動」と「環境」の問題としてドライに分析し、解決策を提示しています。「共感」や「受容」だけでは動かなくなった膠着状態に対し、「教育を受ける権利の保障」という強い論理で切り込む、実践的な「解決の書」です。

・相対評価
・評価軸の傾向 理論(抽象) ⇔ 方法(具体): 方法(具体)寄り。具体的なアセスメントシートや、保護者の対応例が豊富に掲載されています。
・ドライ(客観) ⇔ ウェット(感情): ドライ(客観)。感情的な寄り添いよりも、事実に基づいた分析と対策を重視します。
・今すぐ(短期) ⇔ じっくり(長期): 今すぐ(短期)~中期。具体的な行動変容を促すため、比較的早期の変化を目指すアプローチです。
・当事者目線 ⇔ 支援者目線: 支援者(保護者・教師)目線。大人がどう環境を整え、子どもを導くかに主眼が置かれています。
・ポジティブ(肯定的) ⇔ ニュートラル(客観的): ポジティブ(目的志向)。「必ず解決できる」という強い信念に基づいています。
・発達特性との関連度: 2。特性がある場合も、それを考慮した上での「行動面の支援」として応用可能です。

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スガヤのふせん ~個人的ブックマーク

編集長のスガヤです。
当サイトの「環境バランス診断」において、休息の次のフェーズや、停滞期における具体的な一手として、本書の理論を取り入れています。

■ 「スキル不足」の判定とトレーニング
診断において、子どものエネルギーはある程度回復しているものの、学校生活に必要な体力や学力、対人スキルが不足していると判定された場合、本書の「嫌を嫌でなくするアプローチ」を提案しています。不安を取り除くためには、回避し続けるのではなく、スモールステップで少しずつ慣れていく(エクスポージャー)ことが有効であるという理論に基づきます。

■ 「タッグ型」への移行推奨
診断では、保護者の方と学校が共通の目標を持ち、協力体制にある状態を「タッグ型」と呼んでいます。これは本書における「Ⅰ型(契約・嫌を嫌でなくする)」の関係性をモデルにしています。保護者の方が「教育の責任者」としてのリーダーシップを持つことの重要性を、本書は教えてくれます。

本書には、再登校という目標に向かう際の、保護者の方の覚悟について記された一節があります。

再登校は、登校するための条件を整えて、不登校を維持している条件を無くせばよいということなので、支援は、簡単そうに思えるかもしれない。ところが、この当たり前のことが出来ないのが不登校問題の特徴なのである。
なぜならば、この再登校という支援目標が、支援開始時には、その子どもの嫌なところに戻ることだからである。端的にいうならば、その子どもの「嫌なことが義務教育保障」なのである。

(P.40より)

子どもが嫌がる場所へ背中を押すことは、保護者の方にとって非常に苦しい決断です。しかし、それが「子どもの権利を守る」ことであり、そのための具体的な技術(ハシゴのかけ方)はあるのだと、本書は力強く背中を押してくれます。
「見守るだけではもう限界かもしれない」と感じた時に、手に取っていただきたい一冊です。

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