・書籍タイトル: 学校に行けない「からだ」教師・スクールカウンセラー・保護者のための不登校体験の本質と予防・対応
・著者: 諸富祥彦
・出版社: 図書文化社
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不登校は「気持ち」ではなく「からだ」の変容
「学校に行くつもりでいたのに、いつの間にか、からだが動かなくなってしまった」
この「わけのわからない体験」こそが、不登校体験の本質であると著者は指摘します。このとき、不登校を「気持ち」(感情)の問題として言葉で働きかけようとしても、その言葉は子どもに届きません。
本書は、不登校体験の本質を「からだ」(主観的な身体感覚)の変容にあると捉え、心の問題を「からだの変調」として捉え直すことで、誤った対応の”大半”を回避するための具体的な予防法と対応策を提案するものです。不登校は、子どもが「自分を守るための能力」であり、「これからの人生を自分自身として生きていくため」に必要な実存的な体験であるという、深い視点を提供します。
ポイント:身体感覚の変容と「自己崩壊」からの回復
不登校体験の本質は、「圧倒的な身体感覚の変容体験」「わけがわからない体験」「意味の剥奪と自己崩壊の体験」「自分を守る体験」の四つに収れんされます。特に重要なのは、「からだ」の変容に早期に着目することです。
- 身体感覚の変容: 学校を休み始めて3日目くらいから、頭痛、腹痛、吐き気、そして「からだが砂袋のようにズッシリと重くて動かない」といった身体症状が現れ始めます。連続欠席が1週間以上になると、この変調は「学校に行けないからだ」に固定化されてしまいます。この「からだの変容」が生じる前の初発の段階(連続欠席3日目まで)が、不登校予防の最大の勝負どころであると強調します。
- 「言葉」は無力: 子どもは「学校に行くのがあたりまえ」だったのに、理由がわからず「行けないからだ」になった状態にあり、親が「どうして行かないの?」と気持ちを問うても「わからない」と答えるのが本音です。この「わけのわからなさ」に共に留まり、けっして性急な結論を出そうとしない姿勢が大人には求められます。
- 中長期の対応: 欠席が数カ月続く中期以降は、からだの変容をくい止めるために、認知行動療法の「行動活性化」を活用し、外出行動を少しでも増やしていくことが推奨されます。「日中はほかの子も学校に出かけているのだから、あなたも外出しなくてはダメ」と発想を変え、子どもの「主体感覚」を活性化させます。
この本について
・独自の観点
本書は、不登校を実存的な危機として深く捉えながらも、具体的な支援技術(認知行動療法、ブリーフセラピーの発想)を組み合わせることで、読者が取るべき行動を明確に示しています。
・相対評価
- 理論(抽象) ⇔ 方法(具体): 両立。実存心理学、現象学といった理論を基盤としつつ、行動活性化やスモールステップといった具体的な「技」を示します。
- ドライ(客観) ⇔ ウェット(感情): ニュートラル。子どもの「からだの感覚」に寄り添い、苦しみを共有する姿勢を重視します。
- 今すぐ(短期) ⇔ じっくり(長期): 短期・長期の両側面。連続欠席3日目という「初発対応」(短期)の重要性を強く訴えつつ、実存的な意味理解という「長期」視点も持っています。
- 当事者目線 ⇔ 支援者目線: 支援者目線に特化。教師、保護者、カウンセラーの「姿勢」と「対応技術」を問います。
- ポジティブ(肯定的) ⇔ ニュートラル(客観的): ポジティブ(肯定的)。不登校は「自分を守る能力」であり、人間的に飛躍的に成長するチャンスであると捉え直します。
- 発達特性との関連度: 4。不登校体験の本質として「からだの変容」や身体症状を専門的に扱い、うつ病との関連などに言及しています。
まとめ:不登校は「自分の”からだ”を守る能力」
本書は、不登校を子どもが自分という存在を再構築するために「否応なしに、からだがそうなってしまう」体験であると捉え、その本質を「からだの変容」に見るべきだと説きます。
親や教師は、子どもの「からだが動かないモード」を「甘え」や「気持ちの問題」として責めず、その身体感覚のSOSに耳を傾けることが最大の支援となります。予防の最大の鍵は、「連続欠席3日目まで」という極めて早い段階で、言葉による追及を避け、からだを動かすサポートを行うことです。
この本は、不登校が子ども自身の意思を超えたところで立ち現れる「自分を守るための能力」であることを理解し、親が子どもと「わからなさ」の中に共に留まる勇気を持つための、揺るぎない哲学的な根拠を提供するでしょう。
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スガヤのふせん ~個人的ブックマーク
「”連続欠席3~4日目まで”が、不登校予防の最大の勝負どころ」とあるのですが…これはなかなか厳しい判断ポイントかもしれません。ただし本著では引き続き「中長期戦」に備え、著者が子どもと保護者との長年のカウンセリング経験から得た「具体的な技」を惜しげもなく披露してくれているので、改めて「全般的に通用する、実用指南書」として必携の一冊となるでしょう。
同時に著者は、以下のように温かく方眼的な視線で社会を俯瞰していて、また若者を迎えようとしています。
45年前と今、どちらが健全かといえば、断然、今です。「不登校ゼロの学校はほぼない」ということは、一定の枠に収まらなくても咎められない成熟した社会に成長してきたことの現れでもあるからです。…それを背景に、学校では軽度の「プチ不登校」の子どもが増えてきたというのが現状です。これはよいことだと私は思います。
思春期の子どもたちは、自分で自分のことがわからなくなる時期、それまでの自分ではいられなくなる時期にあります。どんなに良い学校であっても、そこにフィットしない子どもがいて当たり前です。このような中で、不登校ゼロを本気で目指すのは、ナンセンスです。(「はじめに」より)
なによりそれが、本著の主張する「その子になりきって、身体感覚を一緒に味わう」そして「不登校を味わう」という寄り添いにつながっています。またカウンセリングにおけるゴールを以下のように解説します。
「適切な指導やアドバイスをしなくては」と思われる先生が多いものですが、余計ないことはしないほうがよいです。カウセリングの精神は自己決定・自己選択です。人間は自分が選んで自分で決めた方向、自分がなろうと思った方向にしか変われないものです。「こうしようか」と、教師が率先して方向を決めても、うまくいきません。(「不登校でいちばんたいせつなこと」より)
このように本著では、少数者、また本人に優しく寄り添う方法で、なにより不登校の原因を甘えでも怠けでもなく「からだ」の問題だとする前提も、知っていれば不登校の偏った原因・責任論に陥らずに済むはずです。
実にバランスと愛情が溢れた良著であり、当事者でなくても、教育関係者はできるだけ読んでおきたい一冊と思いました。

