「静」の蓄積が「動」を生む。滝野川高等学院が実践する『吉田松陰モデル』

取材先データ:滝野川高等学院


理念

「東京で一番明るいフリースクール」

運営歴

7年(代表の不登校支援歴は15年)

方針

「個」の尊重、ルーティンワークによる精神的安定

特長

元高校教員の代表と卒業生スタッフによる「一枚岩」の運営

URL

公式サイトへ


自他ともに認める「東京で一番明るいフリースクール」その明るさの裏には、単なる「楽しい居場所」に留まらない、確固たる教育哲学がありました。

代表が掲げるのは、幕末の教育者・吉田松陰が野山獄(牢獄)で行った実践です。「静」なる日常の積み重ねが、いかにして子供たちの内発的な「動(エネルギー)」を引き出すのか。代表へのインタビューと、同校が発信するメッセージの背景から、独自の支援哲学を紐解きます。

目次

吉田松陰に学ぶ「静から動へ」のメソッド

同校の支援における最大の特徴は、吉田松陰の教育観をモデルにしている点です。松陰は獄中という閉ざされた環境で、囚人たちに対して高圧的な議論を吹っかけるのではなく、淡々と「孟子」の講義を行い、文字を習わせました。

「野山獄では知的好奇心を呼び覚ますルーティンが一切存在しなかった。そこに松陰が現れ、静かな時間の継続(学問)を提供したことで、囚人たちの心が変わっていったのです。私たちもそれを再現したいと考えています」

滝野川高等学院 代表

同校では、午前中に「静かに黙々と行う学習」の時間があります。スタッフも横について一緒に勉強します。そして午後は、自然発生的に大声を出して遊ぶ。この「淡々としたルーティンワーク」こそが、子供の精神的な安定(レジリエンス)を生み出し、その内側にエネルギーを蓄積させるといいます。

【編集部解説】なぜ「オンライン」ではなく「通学」なのか?

昨今主流のオンライン支援に対し、同校があえて「リアルの通学」を重視する理由もここにあります。「日中活動して適度に疲れ、夜しっかり眠る」という生物的なリズムの回復こそが、メンタル安定の最短ルートであると考えているからです。

「釣り浮き」のように待つ戦略

不登校支援において、大人はつい「最近どう?」と声をかけたり、腫れ物に触るように接したりしがちです。しかし、同校のスタッフは過度な介入を行いません。

「魚釣りの浮きのようなものです。仕掛け(環境や枠組み)だけ作って、あとは動かさずに待つ。ルアーのように動かして誘うのではなく、本人が『入りたい』と思うまで待ちます。そうしないと、本当の意味でその輪に入ることはできません」

滝野川高等学院 代表

支援者の葛藤:「言わなかった後悔」に毎回揺れる

「待つ」ことは、言葉にするほど簡単ではありません。

取材中、代表がふと漏らした「言わなかった後悔に、毎回揺らいでいる」という言葉が、この支援の難しさを物語っていました。

子供が何か間違った選択をしそうな時、あるいはチャンスを逃しそうな時、大人はつい先回りして「こうした方がいいよ」と言いたくなります。それを言えば、その場は解決するかもしれません。

しかし、代表はそこでぐっと言葉を飲み込みます。「今ここで言ったら、この子が自ら気づくチャンスを奪ってしまうのではないか」と。

「言えばよかったかな、と後悔することもあります。でも、言わなかったからこそ、数ヶ月後に子供が自分で気づいて動いた瞬間の感動がある。その繰り返しです」

確固たる哲学を持っているように見える代表も、現場では毎日「言うべきか、待つべきか」の葛藤の中にいます。その「揺らぎ」を持ち続けながら、それでも「待つ」ことを選ぶ姿勢こそが、同校の信頼の正体なのかもしれません。

脱・お客様気分。「吟味させない」というリアリズム

同校がユニークなのは、体験入学において「子供に選ばせる(吟味させる)」ことを推奨していない点です。

「1回や2回の体験で、その場が合っているかなんて分からない」と代表は断言します。「とりあえず入ってみる」ことでしか、本当の所属感は生まれません。

このスタンスは、「外から評価する人(お客様)」ではなく「中に入って関係を作る人(当事者)」にならなければ、環境の良し悪しなど判断できないというリアリズムに基づいています。同時に、迷いの中にいる子供に「決断」という責任を負わせず、まずは環境を与えるという戦略的な判断でもあります。

唯一のルールは「人を傷つけないこと」

代表は、教室のルールについて「秩序ある自由」という言葉を用いました。

「他者を傷つけないこと」という一点のみが絶対のルールであり、その中であれば完全に自由です。

また、ネットスラングなどで攻撃的な言葉が出た際は、スタッフが日常会話の中で「思考のチューニング(ABC理論的アプローチ)」を行います。「それ、事実なの? 君の意見なの?」と問いかけ、親も子も自然と思考のバイアスに気づけるよう導いています。

当サイト基準軸からみる「滝野川高等学院」

「問題意識を持たない」という専門性。

あえて子供の障害特性や過去の経緯を聞きすぎず、「今、目の前にいる個」として接します。これにより、子供が無意識に感じ取る「大人の緊張感」や「腫れ物扱い」を排除し、安心できる空間を作っています。

デジタルより「リアルな身体性」を優先。

オンラインではなく通学を促すのは、学習のためというより「疲れて眠る」という生物的リズムを取り戻すため。本棚には『SPI』や『論理的思考』の本も並び、社会で生き抜くための「実学(武器)」を授ける場としても機能しています。

「志(こころざし)」重視。

進学ありきではありませんが、子供の中から「野球選手になりたい」「大学に行きたい」といった目的が生まれた瞬間の爆発力を逃しません。その際は、徹底的な受験指導などのサポートに切り替わります。

「静と動」のルーティンワーク。

午前中は静かに学習、午後は活発に遊ぶというリズムが基本です。他者に迷惑をかけない範囲であれば、カリキュラムの逸脱やアレンジは柔軟に許容されます。

目的化しないが、連携は可能。

「学校復帰」を絶対のゴールにはしていませんが、結果として学校に戻る生徒も多くいます。在籍校との連携は可能ですが、「認定のために通う」のではなく、あくまで本人の成長の結果としてついてくるもの、というスタンスです。

あえて「なし」。リアル一択。

多くのスクールがオンライン化を進める中、同校は「通って、疲れて、眠る」という生物的なサイクルを重視するため、リアルな通学にこだわっています。

静かな時間と個別伴走。

午前中の学習時間は、スタッフが横について一緒に学びます。進学希望者には大学受験指導も行いますが、まずは「学習に向かえる精神状態(ルーティン)」を作ることを最優先しています。

行政の隙間を埋める「独自奨学金」も。

代表の「経済格差で学びを諦めさせない」という想いから、支援が行き届かない地域(埼玉県民など)への独自給付を行うなど、採算度外視の義侠心に基づいた運営がなされています。

【編集部ピックアップ】代表のおすすめ本

「代表が現在執筆中の本(未刊)」
取材の最後に「今の生徒や親御さんに読んでほしい一冊」を伺ったところ、「今書いている本がそれになる」との回答をいただきました。15年の現場経験と、アップデートされ続ける「教育維新」の思想が詰まった一冊。出版を心待ちにしましょう。

編集長スガヤの取材後記

「明るさ」の正体は「鉄壁の守り」

「東京で一番明るい」という言葉から、当初は賑やかで開けっぴろげな場所を想像していました。しかし、現場の空気感に触れて分かったのは、その明るさが「確固たる心理的安全性」に支えられているということです。
「ここでは誰も傷つけない」という絶対のルールと、スタッフによる鉄壁の守りがあるからこそ、子供たちは武装を解除し、安心してくつろぐことができる。無責任な陽気さではなく、計算された安全地帯としての明るさがありました。

「フリー」ではなく「哲学」である

「フリースクール」という名称ですが、そこはいわゆる「自由放任」の場ではありませんでした。底流には代表の確固たる「教育哲学(吉田松陰モデル)」が、揺るぎない土台として敷かれています。
「自由にしていいよ」と丸投げするのではなく、「こういう枠組み(哲学)がある」と大人が背中で示すこと。それこそが、子供にとっての本当の安心材料になっているのだと感じました。

「積極的に待つ」というネガティブ・ケイパビリティ

取材中、代表は「言わなかった後悔に揺れる」と語りました。これは一見、迷いのように見えますが、実は「積極的に待つ」という高度な支援技術です。

大人がすぐに答えを出さず、手を出さず、じっと耐えて待つ姿勢。この一貫性が、子供たちに「ネガティブ・ケイパビリティ(答えの出ない事態を持ちこたえる能力)」として伝播し、彼らの内発的な成長を促進しているのではないでしょうか。

ここは学校というより、生きる力を取り戻すための「現代の松下村塾」そのものでした。

no-mark.jp 編集長:スガヤ タツオ

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