定義
「不登校」の定義は「いじめ」を含んでいる
「不登校」という言葉は、しばしば「いじめを(直接の)原因としないケース」として語られることがありますが、これは誤解です。文部科学省が定める不登校の定義は、「何らかの心理的、情緒的、身体的、あるいは社会的要因・背景により、登校しない、あるいはしたくともできない状況にあるために、年間30日以上欠席した者のうち、病気や経済的な理由による者を除いたもの」とされています。この定義には、いじめを原因とする不登校が除外される意図はなく、むしろいじめは不登校の重要な原因の一つとして認識されています。
いじめをきっかけに心身の不調をきたし、不登校や心身症、うつ病になるケースは増加傾向にあります。いじめられた体験は、その後の小学校、中学校、高校、大学での不適応の割合を有意に高めるという研究結果も多数存在します。これは、いじめが単なる一時的な問題ではなく、子どもの発達全体に長期的な影響を及ぼすことを示唆しています。
いじめ防止対策推進法では、いじめにより「当該学校に在籍する児童等が相当の期間学校を欠席することを余儀なくされている疑いがあるとき」を「重大事態(不登校重大事態)」と定義しており、年間30日を一つの目安としています。この定義自体が、いじめが不登校の直接的な原因となりうることを明確に認識している証拠です。文部科学省の「児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査」でも、小中学生の不登校のきっかけとして「友達のこと(いやがらせやいじめ)」が常に上位に挙げられています。これらの事実から、いじめは子どもの心身に深刻な影響を与え、不登校の大きな要因となることは明らかであり、「不登校」がいじめを原因とするケースを除くという前提は、現実を反映していないと言えるでしょう。
一方で、不登校が多様な要因によって引き起こされるという複雑さがあります 。いじめが表面、または直接的な原因であっても、その背後には学業不振、家庭内の問題、インターネット依存など、複数の要因が複雑に絡み合っている場合が多いためです 。不登校のきっかけや理由を把握し適切な支援を行うためには、保護者、学校、そして医療・福祉の関係者が情報を共有し、チームで支援体制を構築する必要があります。(『子どものこころと脳の発達』)。
いじめにつながる「友人関係」
子どもたちの友人関係は、私たちが想像する以上に複雑で流動的です。国立教育政策研究所の追跡調査によれば、小学校4年生から中学校3年生までの6年間で、いじめ被害経験が全くなかった児童生徒はわずか1割程度、加害経験が全くなかった児童生徒も同様に1割程度しかいません。これは、多くの子どもたちが成長の過程で、いじめの被害者にも加害者にもなる可能性があることを示しています。いじめは加害と被害を移行・変遷していく複雑な傾向があり、子どもたちのパワーバランスの複雑さも反映しているのです。
この調査では、いじめの加害経験がある者の約8割が過去または現在に被害も経験していることが明らかになっています。小学校と中学校では、被害と加害のどちらも経験したケースが半数近くを占めています。こうした事実は、いじめを「加害者」対「被害者」という二元論で単純に捉えることが難しいことを示唆しています。
文部科学省の不登校児童生徒に関する調査では、いじめ被害を除く友人関係をめぐる問題の情報や相談が、小中学校合計で13.3%、高校で11.0%を占めています。これは、いじめに至らないまでも、友人関係の悩み自体が不登校のきっかけになりうることを示しています。友人との心理的距離が近いほど学校適応が良好である一方で、友人関係の悩みは「燃え尽き症候群」と関連する可能性があることも指摘されています。またいじめの態様も多様化しており、殴る・蹴るなどの身体的な暴力だけでなく、仲間はずれ、無視、陰口といった、子どもの心に深く傷を残す関係的いじめも含まれています。
いじめの6割が「親しい関係の中で生じる」
いじめは、見知らぬ人同士の間で起こるのではなく、その約6割が親しい関係の中で生じると言われています。そこでは、親しい関係性ゆえに、相手の弱みを熟知しており、その濫用が大きな問題となります。いじめは、学級集団内の相互作用過程の中で、腕力や資源動員能力において相対的に優位な者が劣位の者に苦痛を与える攻撃的行為です。この「力のアンバランスの濫用」が、いじめの本質と言えるでしょう。
子ども同士の関係は複雑化しており、いじめる側といじめられる側が簡単に入れ替わる事例が多く見られます。ある日、クラスの中心にいた子が、些細なきっかけで孤立し、いじめの標的になることも珍しくありません。また、「からかい」や「いじり」がいじめとは異なる、遊びやユーモアの発達と密接に結びついている側面もあります。しかし、年齢が上がるにつれて、「からかい」に対する許容度が上がり、善悪の判断よりもその場のノリに流される傾向が強まります。この「ノリ」が、いじめの加害行為をエスカレートさせる要因となることもあります。
友人関係のトラブルがいじめにつながり、それが不登校の直接的なきっかけとなることは多々あります。
「中学2年生の時、仲の良かったグループ内で、私だけLINEのグループから外されました。みんなの前では普通に話してくれるのに、LINEでは誰も返事をくれなくなって。最初は気にしないようにしていたけど、だんだん学校に行くのが怖くなりました。」
いじめの態様も、従来の対面から大きく変化しています。ネットいじめは匿名性、文字だけの対面性、同時性、偏在性といった特徴を持ち、対人関係をより複雑にしています。SNSやオンラインゲーム上での心ない一言や、悪意ある投稿が、現実世界のいじめと連動し、子どもたちの精神を深く蝕んでいます。
不登校のきっかけ
不登校の原因は多岐にわたりますが、特に「いじめ」や「いやがらせ」が大きな要因となることがあります。文部科学省の調査でも、小中学生の不登校のきっかけとして「友達のこと(いやがらせやいじめ)」が上位を占めています。
「いやがらせ」や「いじり」
「いじめ」と一口に言っても、その実態はさまざまです。身体的な暴力や金銭の要求だけでなく、相手の自尊心を深く傷つける精神的な嫌がらせも含まれます。
最近では「いじり」という言葉も問題となっています。いじりとは、冗談や親しみを装って相手をからかう行為ですが、受け手が不快に感じた場合、それは「いじめ」にあたります。いじめや嫌がらせを受けた子どもは、精神的な苦痛から深い心の傷を負い、不安や恐怖、絶望感を抱くようになります。この心の傷は、学校への不信感につながり、不登校へと追い込んでいくのです。
言葉の暴力も深刻です。ある調査では、「死ね」「消えろ」といった相手の存在を否定する言葉や、「バカ」「アホ」などの人格をけなす表現、さらには「来るな」「黙れ」といった行動を支配する表現が言葉の暴力として報告されています。被害者は「とても悲しい」「なぜそんなことを言われなければならないのかわからない」と回答しており、中には心身の不調や不登校に発展するケースも見られます。
いじめられた体験は、心身症、抑うつ気分、精神疾患、睡眠障害などの心身の不調を引き起こすだけでなく、家庭内暴力、摂食障害、引きこもりといった問題行動の割合を高めることが知られています。
しかし、多くの子どもたちは、いじめられていることを親や教師に相談できません。その背景には、「恥ずかしい」「親が忙しそうだから相談しにくい」「親が自分のことなんて気にしていない」といった心理的要因があります。また、いじめられている状況を「まだマシ」だと考えてしまい、被害者が孤立を恐れていじめを訴えないケースも少なくありません。
いじめをきっかけに不登校になった例は後を絶ちません。
- 「高校に入って、部活の人間関係で孤立しました。最初は無視されるくらいだったけど、次第にロッカーに悪口が書かれたり、SNSで誹謗中傷されたりして。もう学校に行くのが耐えられなくなって、朝、体が動かなくなりました。」
- 「小学校4年生の時、クラス替えで親友と離れてしまい、新しいクラスになじめませんでした。ある日、クラスメートから『あいつ、いつも一人ぼっちだよね』と聞こえるように言われて。その一言がきっかけで、学校に行く意味が分からなくなり、完全不登校になりました。」
これらの体験談に加えて、いじめによるトラウマが長期にわたって影響を及ぼす事例も報告されています。ある中学時代のいじめ経験者は、いじめによるトラウマから、体育などの集団行動(特に球技系)が苦手になり、「自分のせいで迷惑をかけたらまたいじめられる」という思い込みから体調不良のふりをして見学することが多かったと語っています。また、学校で孤立した中学生の娘が「みんなが自分の悪口を言っているように思えて」お昼ご飯を一人で食べるのが嫌で、お弁当を持ってトイレで食べていた、という例もあります。これらのように、いじめの体験は、学校という空間全体を苦痛に満ちた場所へと変えてしまうのです。
子どもの社会関係の変容
島宇宙化
現代の学級内では、子どもたちの人間関係が閉鎖的な仲間集団に限定される「島宇宙化」現象が生じています。多様な子どもたちとの交流が少なくなり、特定の「いつメン(いつも一緒にいるメンバー)」の中だけで世界が完結してしまうのです。こうした仲間集団は、大人からの監視を逃れて秘密のグループとなりやすく、結束が強く濃密な関係になりやすいという特徴を持っています。
しかしこの閉鎖的な集団内では、力関係による序列化が生まれやすいという問題があります。特定の児童が「奴隷役」を押し付けられるなど、集団内のパワーバランスが崩れることでいじめに発展する可能性があります。さらに、このような仲間集団はインフォーマルな集団であるため、外部からの制止が困難です。一度、逸脱的な行動が始まると、誰も止められないという状況に陥ることがあります。
子ども同士の関係は複雑化しており、いじめる側といじめられる側が簡単に入れ替わる事例が多く見られるのも、この「島宇宙化」が一因と考えられます。
階層的関係・スクールカースト
「島宇宙化」の背景にあるのが、学級内に見られる階層的な人間関係、いわゆる「スクールカースト」の存在です。子どもたちは、友人関係を「しん友(※漢字の「親友」が持つ重みや規範から少し距離を置き、子どもたちの間で使われる口語的で柔らかい、よりリアルな人間関係を表現)」「ふつう」「ライバル」「てき」などのカテゴリに分類することがあり、自分の立ち位置を常に意識しています。いじめは、腕力や資源動員能力において相対的に優位な立場にある者が、劣位の者に対して精神的または身体的な苦痛を与える攻撃的行為であり、この「力のアンバランスの濫用」が問題の本質です。
子どもたちの複雑なパワーバランスは、いじめの発生や態様の変遷に大きく影響します。例えば、スクールカーストの上位にいる子が、気に入らない下位の子を標的にしていじめを始めたり、自分の立ち位置を保つために誰かをいじめることに加担したりするケースがあります。
自己の多様化・キャラ変
現代の子どもたちは、周囲の期待や状況に合わせて意識的に自分を使い分ける「自己の多様化」、または「キャラ変」を行うことが増えています。この「キャラ変」は、友人関係を円滑に維持するための「キャラ合わせ」という機能を持つ一方で、深い人間関係の喪失につながる可能性があります。様々な「キャラ」を演じ分けることで、本当の自分を隠し、誰にも心を開けない状態に陥ることがあるのです。またこの状況により、「本当の、心を許せる友達(いわゆる「親友」)が持てない、持ったことがない」という生徒も増えているようです。
この傾向は、子どもたちが学校での人間関係や抱えている問題を、親にありのままに話さないことにもつながります。
「親には『学校は楽しい』って言っていました。だって、親に心配かけたくなかったし、学校のことも友達のことも、本当のことを話したら『もっと頑張りなさい』って言われるんじゃないかって思って…。」
自分の不快な感情を認識できず、「楽しい」と答えてしまう「よい子」を演じる子どももいます。このような「いい子症候群」は、内面に大きなストレスを抱え込んでいるにもかかわらず、周囲に助けを求めることができない状態を生み出します。
ノリ・同調圧力
子どもたちの間で大きな影響力を持つのが、その場や周囲の雰囲気に流されやすく、社会規範を超えた行動につながることがある「ノリ」や「同調圧力」です。特に年齢が上がるにつれて、善悪の判断よりも「みんながやっているから」というノリに流される傾向が強まります。
いじめにおける「傍観者」は、この「ノリ」の典型的な例です。彼らは加害意識がないにもかかわらず、いじめを止めようとせず、結果として「関係を切る」という形でいじめに加担していると見なされます。加害行為は、傍観者の反応(笑い、見ないふりなど)に煽られてエスカレートする可能性があることに加え、「いじめ防止に向けた新たな視点」では、教員を含む大人たちが不用意な言動(例えば、子どもをからかうなど)によって、子どもたちの間で「ノリ」を助長している可能性も指摘されています。
仲間集団の固着化・いつメン
現代社会は、社会関係の流動化が進んでおり、見知らぬ他者との関係を構築する機会が少なくなっています。その中で、子どもたちは安心感を求めて「仲間集団の固着化」、すなわち「いつメン(いつも一緒にいるメンバー)」という現象を形成しています。
この仲間集団は、学齢期の子どもたちが大人からの自立を模索する中で形成される、結束が強く閉鎖的で濃密な関係を持つという特徴があります。しかし、インフォーマルな集団であるため外部からの管理・監督者がおらず、集団の動きを抑止する装置がありません。そのため、いじめなどの逸脱的な行動が始まった際に、制止が困難になるという問題が生じます。
いいこ症候群
人前で褒められたり目立ったりすることに恐怖を感じ、「浮いたらどうしよう」という不安からくる「いい子症候群」は、現代の子どもたちが抱える新たな問題の一つです。人間関係を円滑に進めるために「いいこ」でいようとすることが、子どもたちにとって大きなストレスとなっています。
不快な感情を抱いているにもかかわらず、それを認識したり表現したりできない子どもは、実際には心に問題を抱えている可能性があります。このような「よい子」の態度は、周囲にいじめの被害を過小評価させたり、エスカレートさせたりする一因となる可能性もあります。周囲の大人も「あの子は良い子だから、いじめられるはずがない」と決めつけてしまい、被害の深刻さを見過ごしてしまうことがあるのです。
デジタル機器とコンテンツの影響
スマートフォンやSNSの普及は、子どもたちのコミュニケーションをオンライン中心へと変化させました。顔が見えないオンラインコミュニケーションは、誤解やトラブルを生みやすく、ネットいじめの増加につながる要因となっています。
いじめ防止対策推進法において、いじめの定義には、インターネットを通じて行われる行為も含まれます。ネットいじめが持つ「匿名性」「文字だけの対面性」「同時性と偏在性(浅く広い人間関係)」といった特徴は、いじめ問題の複雑化に拍車をかけています。加害者は匿名であるため責任を問われにくいと感じ、被害者は24時間いつでもいじめに晒されるため、逃げ場がないという苦痛を味わいます。ネットいじめは被害者にとって非常に侵襲的であり、不登校や身体症状を引き起こす背景にあることが報告されています。
近年、ゲームやメディアの影響が不登校の要因の一つとして少なくありません。いじめや学校での人間関係に疲れた子どもが、現実から逃避するようにオンラインゲームの世界に没頭するケースが増えています。自宅で一人で一日中ゲームをして過ごすことで、生活リズムの乱れ、遅寝遅起き、外出を含めた日中の活動困難につながり、結果的に不登校の状態を深刻化させてしまいます。
対策と支援(被害者になってしまったら)
多様な学びの場・学び方で守る
不登校の児童生徒が安心して学べる場所を提供することは、彼らの未来を守る上で非常に重要です。政府も「不登校・いじめ緊急対策パッケージ」を公表し、多様な学びの場と学習方法の確保を推進しています。
学校内での支援として、落ち着いた空間での生活・学習スペース(保健室や図書室での別室登校)の設置や、個別学習の機会提供があります。
学校外での多様な学びの場として、教育支援センター(適応指導教室)、フリースクール、通信制高校、定時制高校、高卒認定試験、習い事やサークル活動などが挙げられます。教育支援センターは個別カウンセリングや集団指導、教科指導等を行い、ICT環境を整備して自宅からオンライン学習ができるように進められています。フリースクールでの活動は、条件を満たせば在籍校での出席として認められる場合もあります。習い事やサークル活動は、子どもの自信形成、将来性の育成、安心感の獲得につながります。
個別の支援計画の策定
いじめによる不登校の重大事態においては、対象児童生徒の個々の状況に応じた学びの継続に向けた支援策の検討が求められます。発達特性や心身の状態に合わせた「合理的配慮」が特に重要です。例えば、イヤーマフの使用許可や静かな場所の確保、オンライン授業聴講、別室登校などが具体的な対応策として考えられます。
学校いじめ対策組織は、個別のいじめに対する対処において実効的な役割を果たすため、学校外とも連携体制を構築する必要があります。過去には、個別の支援計画が十分に立てられていなかったことが不登校の原因となったケースもあります。一人ひとりのニーズに対応した支援計画の重要性が改めて問われています。『子どものこころと脳の発達』では、不登校の状態に応じて対応を変える必要があり、登校を促すための「登校刺激」も、連携が取れていないために状態を悪化させてしまう可能性があると警鐘を鳴らしています。家族、学校、医療機関が状態を共有し、その段階にあった関わり方をすることが大切です。
医療機関との連携
いじめは、心身症、抑うつ気分、精神疾患、睡眠障害、摂食障害など、子どもの心身の健康に深刻な影響を及ぼします。深刻なケースでは、医療機関の受診が必要となります。『子どものこころと脳の発達』では、不登校の背景に起立性調節障がいやうつ病、パニック症、さらには神経発達症(発達障害)などの診断が下されるケースがあることを指摘しています。
小児期逆境体験(ACEs)はいじめ被害を含む有害な体験で、PTSDや不安障害、精神病症状、慢性身体疾患のリスクを高めることが報告されています。また、いじめが自殺の危険因子になることも知られています。
特定の行為や発達特性が気になる場合、病院(精神科・心療内科)の受診を検討することが重要です。不登校対策において、医師、メディカルソーシャルワーカー、心理士などがチームとして問題解決に向かう必要があるとされています。医療者が養育者の思いを傾聴するだけでなく、学校とも連携して客観的な視点から問題解決に取り組む姿勢が求められています。
スクールカウンセラー(公認心理師や臨床心理士などの専門家)は、いじめに関する相談に対し、心理的なケアや問題解決方法の提案、学校やより専門的な機関との連携を担います。また、教育委員会がいじめ対策マイスターとして警察OB・OG等の多職種専門家を配置し、個別のいじめ事案への直接的な対応や再発防止支援を行う取り組みもあります。
「心の問題」から「進路形成の問題」への転換
不登校支援の目標は、単に「学校に再登校すること」ではなく、児童生徒が自らの進路を主体的に捉え、社会的に自立することを目指すべきです。社会参加を通じて社会の中で有用感を獲得することが、子どもの社会的な自立の基盤となります。
不登校の解決のゴールは、必ずしも学校への再登校ではなく、日中定期的に社会的な活動に参加したり、学校以外の場所に通ったりできる状態がまず目指すべき目標です。「学校だけが全てではない」という認識を持ち、フリースクール、教育支援センター、通信制高校など、学校以外の多様な居場所や学びの場を活用することが社会参加や進路形成につながります。
「いい子症候群」に見られるように、人間関係を円滑に進めるための自己抑制がストレスとなった場合、改めての自己概念の形成や社会的存在感の育成が必要となります。いじめ問題が「心の問題」として理解されるようになった一方で、その解決策として提示される「心」の受容・共感やカウンセラー配置は、問題を局所化・個別化して認識の上で「処理」する方法に過ぎず、構造的な問題の解決にはつながりにくいという批判もあります。教師や学校が子どもの「心」を受容・共感しようとすることが、かえって教育行為を不安定にし、本末転倒な状況を生む可能性も指摘されています。子どもが不快感情を認識できない状態にある場合、その深刻さは質問紙調査などでは捉えにくいため、表面的な「心」の理解に留まらない視点が必要となります。
学習環境・社会の受け皿の再整備へ
不登校対策の重要なキーワードとして「多様な学びの場、学び方」と「予防」が挙げられます。すべての子どもたちの学びが保証される未来のために、学校、保護者、専門家、医療機関、地域全体が連携し、チームとして情報共有を行うことが不可欠です。
いじめの未然防止には、『いじめ防止に向けた新たな視点』で提言されているように、「子どもたちのアイデアと主体性を生かした取組」の推進と、教員を含む大人たちによる「いじめを助長しかねない不用意な言動」の防止という「新たな視点」が必要です。子どもが安心して生活できる学級・学校風土の創出(魅力ある授業、自己肯定感の育成)、教職員の意識向上と組織的対応、いじめを許さない指導の充実、子どもが主体的に行動する意識の育成、保護者・地域・関係機関との共通理解の形成が未然防止策として重要です。
またいじめの早期発見には、教師の目だけでは不十分であり、定期的なアンケート調査や教育相談の実施、相談窓口の周知などにより、児童生徒がいじめを訴えやすい体制を整えることが課題です。
一方で教育現場の教員不足が深刻な問題であり、教員の多忙化、家庭環境の変化、地域社会のつながりの希薄化などが、いじめや不登校の発生に影響を与えている可能性も指摘されています。神経発達症とその対応、合理的配慮についての理解を持てるような教員研修やスーパーバイズ体制、教員がチームで対応するなどの予防的対応が必要です。
改めて、いじめ及び不登校対策には学校、専門家、医療機関、地域全体そして保護者が連携し、チームとして情報共有を行うことが不可欠です。保護者はこのチームの一員として、積極的に関わる必要があります。
- 学校との情報共有: 子どもの家庭での様子や変化を学校に伝え、学校での状況を定期的に確認しましょう。教師の目だけでは発見できない変化に気づくことが、早期発見・早期対応につながります。
- いじめ予防策への参加: 学校のいじめ防止策に関するアンケートや話し合いに積極的に参加し、保護者としての視点から意見を述べましょう。子どもたちの主体性を引き出す取り組みや、大人たちの不用意な言動を防ぐための提言も有効です。
- 教育現場への理解と協力: 教員不足や教員の多忙化という現実を理解し、教員への負担を減らすための学校運営への協力や、ボランティア活動への参加などを検討しましょう。
いじめ問題を解決するには、ただ学校側に解決を託して待つのみでなく、生徒や保護者自らも積極的に関与し気づきや意見を学校側にフィードバックしていく姿勢が大切と言えるでしょう。
参考文献
- 文部科学省「児童生徒の問題行動・不登校等生徒指導上の諸課題に関する調査」
- 国立教育政策研究所「いじめ追跡調査」
- いじめ防止対策推進法
- 畑中高子『小学校における「ことばの暴力」に関する調査~問題点と解決策について~』,学校保健研究, 45: 145-155, 2003.
- 宇田剛, 上山敏『いじめ防止に向けた新たな視点』,人間生活文化研究, 30: 1-13, 2020.
- 橘雅弥『不登校 小児科医の立場から』,子どものこころと脳の発達, 1: 59-64, 2021.
- インターネット上の不登校・いじめに関する体験談