はじめに
「今日は学校には行きたくない」
もしも、お子さまがそんな言葉を口にしたら、みなさんはどう受け止めますか?
その一言は、気分や一時的なものではなく、不登校の始まりを告げるサインであることがあります。
そして、お子さまの不登校は突然訪れることもあれば、日々の小さな変化の積み重ねによって表面化することもあります。
私はこれまでオンラインで様々な子どもたちと関わり、現在は不登校の子どもたちをサポートする教育者として活動しています。ふりかえると、不登校になった多くの子どもたちは、学校に行けなくなる前から小さなサインを示していました。この、見過ごしてしまうような“小さなサイン”こそが子どもからのSOSであり、不登校を未然に防ぐための重要な手がかりなのかもしれません。
この記事では、私自身の経験や学術的知見を交えながら、”不登校の小さなサイン”についてご紹介します。
[筆者プロフィール]
中学生娘の不登校を経験した母親。自身の経験を活かしつつ教育カウンセラーを目指し、現在は不登校支援団体でのボランティア活動にも参加。「同じ悩みを持つ保護者の方に寄り添いたい」という思いから、実体験に基づいた記事の執筆を行っている。
不登校のはじまり
みなさんは、”不登校”と聞いて、どのようなイメージを持ちますか?
実は、不登校は子どもの成長にとって大きな転換期である“思春期”に多くみられます。
思春期は、子どもが親の手から少しづつ離れ、友人や学校生活に多くの時間を費やす時期。心が揺れ動きやすく、自分の存在価値や居場所を真剣に探す時期でもあります。そんな“心の不安定さ”が、不登校という形ででることもあるのです。
ケース① 自己肯定感の低さに苦しんだAさん
かつて、私が指導したある女子生徒Aさん(中2)は、時々「学校に行きたくない」と口にするようになりました。
ご両親は「思春期にはよくあること」と軽く考えていたそうなのですが、高1の夏休み前には欠席しがになり、その後学校に戻ることはありませんでした。
Aさんは普段から自己肯定感が低い傾向にあり、
「私なんてまだまだ」
「○○ちゃんはもっと頑張っているのに」
と他人と比べては落ち込む日々だったそう。
理想と現実のギャップに苦しみ、少しずつ自信をなくしていってしまったのかもしれません。
ケース② “場違い感”に押しつぶされたBくん
別の男子生徒Bくん(中2)は、学期末試験の成績をきっかけに不登校になりました。
それまでは中の上くらいの成績を維持していたものの、数学と英語の点数が大きく落ち、成績順の席替えで後方に移動させられてしまったのです。
この学校全体に漂う、”勉強ができること=価値”というムードに、さらに追い打ちをかけたのは、教師からの「公立から来た生徒は遅れやすいからね」という一言でした。この言葉によって、Bくんの自尊心は傷つけられてしまいました。幼い頃に感じていた”学ぶ楽しさ”も次第に消えていき、過度なプレッシャーが彼の心をじわじわとむしばんでいったのでしょう。
その他のケース
不登校のサインは多様で、周りの人には見落とされがちです。私もまだ全てを把握できているわけではありませんが、実際に見てきた“よくあるパターン”をいくつかご紹介します。
部屋の変化から孤立へ(小5)
ある生徒は自宅の部屋が急に散らかり始め、お菓子のゴミや衣類が散乱するようになりました。やがて仲の良かった同級生たちから離れ、特定の友人以外とはほとんど関わらなくなり、そのまま不登校になりました。
「今日は行きたくない」が2か月で不登校に(小1)
ある生徒は「今日は行きたくない」と言い始めてから、わずか2か月で不登校になりました。保護者さんは「突然のことではなく、毎日の小さな変化の積み重ねだった」と語っていました。
表面的な明るさの裏側には・・・
ある子は、親に心配をかけたくないと”平気なふり”を続けていました。外に出るのが怖く、教室に入るのがしんどい。人目や何気ない言葉が心に刺さってしまうことがあったそうです。
友達のささいな一言が引き金に
ある子は、友達からの「○○くんっておっちょこちょいだよね」という一言がぐさりと刺さり、友達付き合いが怖くなって学校に行けなくなったそうです。
発達特性と環境のミスマッチ
ある発達特性をもつ子は、給食の食感が苦手なことにストレスを感じていました。また、急な切り替えや見通しの立たない予定に不安でいっぱいになったり、怒っている先生の声を聞くだけで体が固まってしまったりすることもありました。このような特性が、不登校の原因になることも少なくありません。
家庭環境やトラウマが影響することも
不登校には家庭環境が影響している場合もあります。親の暴力やヒステリックな言動などの家庭環境の悪さは、自己否定に繋がり、「愛されていない」「自分はダメな子どもだ」と自分を責めてしまうことがあります。
不登校の共通点と傾向
不登校の予兆は、ほとんどの場合、突然ではなく、毎日の小さな変化の積み重ねとしてあらわれます。実際、多くの不登校の子どもたちに共通していたのは、
- 自己評価の低さ
- 不安
- 人間関係
といった日々の積み重ねでした。
感覚過敏や発達特性が要因となっているケースや、成績の伸び悩みで”学ぶ楽しさ”を失ってしまったことがきっかけになる場合もあります。そうした状況で、「親に心配をかけたくない」「どうせ理解してくれない」という気持ちから、子どもが本音を隠し、ぎりぎりまで一人で我慢してしまうといった傾向も見られます。
そして、多くの場合、子どもに「どうして学校にいけないの?」と問い詰めても、
- 不機嫌になる
- 無視する
- しつこいから適当に答える
- 心配させたくないから別のことを言う
といった反応が返ってくることがあります。
つまり、子どもが語る”理由”は本音とは限らないのです。
それどころか、不登校になった子どもたちの多くは「そもそも自分でもなぜ不登校になったかわからなかった」と話します。それが理解できるようになるまでに数年かかったということも少なくありません。
不登校の小さなサインを見逃さないために
本当の理由はわからなくても、不登校になる子どもたちの多くは、その前からゆっくりと“小さなサイン”を出しているものです。ここでは、身体・行動・感情・人間関係といった観点から、それぞれによく見られるサインをご紹介いたします。
身体的なサイン
不登校の予兆として最も多いのが身体的な不調です。
- 「おなかが痛い」
- 「頭が痛い」
こうした訴えが増え、病院を受診しても「異常なし」と診断された場合、それはほぼ確実に“心のSOSサイン”だと私は考えています。心のSOSサインの例には、吐き気、過呼吸、めまい、立ち眩み、動悸、息切れなどが挙げられます。これらの症状は一見”体の問題”に見えますが、実際には「学校がしんどい」という心のサインであることが少なくありません。
また、そのような心の乱れの予兆には、
- 起きるのが遅くなった
- あまり話さなくなった
- ため息が増えた
といったものが挙げられます。
いずれも大人が見過ごしやすいSOSであり、つい軽く考えてしまいがちです。
行動のサイン
行動の変化も重要なサインです。
- 夜ふかしが増える
- 欠席・遅刻・早退が増える(3日連続以上になると要注意)
- 部屋が急に散らかる
- 暴力的な言動が出る
- 授業中の発言が減る
- 人目を避けて活動する
特定の素材の服を嫌がる、靴下の柄をきっちりそろえたがるといった感覚過敏の行動が強くなることもあります。これはもともと持っていた小さな特性が、学校という集団生活の中で大きなストレスになっていくためです。
精神・感情的なサイン
精神的なサインは、「学校に行きたくない」という言葉から始まることが多いです。
- 「私なんか頑張ってない」
- 「自分はダメだ」
といった否定的な言葉が増えたり、ため息ばかりついて怒ったり泣いたりしなくなるような“感情表現の乏しさ”もみられることがあります。また、外に出るのが怖い、教室に入るのがしんどいといった恐怖心を抱く子どももいます。
しかし多くの子どもたちは、親に心配をかけたくない気持ちから”平気なふり”をしてしまいます。直接的に「怖い」「つらい」と訴えることは少なく、周囲が丁寧に見守る必要があります。
対人関係・環境のサイン
人間関係の変化
- 仲の良かったグループから外れる
- 友達のささいな一言をきっかけに友達付き合いが怖くなる
- 特定の友達以外とは関わらなくなる
- SNSやオンラインゲームの時間が増える
学校生活や環境の変化
- 「部活動をやめたい」と言い出す
- 部長などの大役の責任感に「しんどい」と訴える
- 「集団行動がだるい」などの軽口が出る
こうした環境的な要素も、不登校のサインとしてあらわれることがあります。
年齢や発達段階による”不登校サイン”の違い
不登校のサインは、お子さまの年齢や発達のステージによって多様なかたちであらわれます。
小学生に見られるサイン
低学年(小1~小3)
入学したての時期は、環境の変化に不安を抱きやすく、“登校しぶり”が目立ちます。感覚過敏やこだわり、苦手意識があらわれやすいのが特徴です。
- 身体的サイン:朝になると「おなかが痛い」「頭が痛い」と訴えるが、病院では異常なしと診断される
- 行動的サイン:緊張で固まる/服や靴下へのこだわり/大きな音を嫌がる
- 感情的サイン:「今日は行きたくない」と訴える
高学年(小4~小6)
この時期になると、人間関係が複雑になり、心のバランスを崩しやすくなります。
- 身体的サイン:部屋が急に散らかる/片付けをしなくなる
- 行動的サイン:特定の友達以外と関わらなくなる/SNSやゲームに没頭する
- 感情的サイン:漠然とした不安/口数が減る/ため息が増える
中学生に見られるサイン
いわゆる”中1ギャップ”に象徴されるように、“大きな環境の変化”と精神的に不安定な時期である“思春期”が重なります。学力重視の雰囲気や部活動の人間関係によって、不登校がより複雑に、深刻になっていくこともあります。
そして、この時期の子どもたちは、自己評価の低さや生きづらさといった心の声を漏らすこともあり、人間関係の難しさから「疲れる」とつぶやいたり、部活動の練習についていけずに涙を流すことも珍しくありません。
- 身体的サイン:登校中の吐き気や動悸
- 行動的サイン:授業中の発言が減る
- 感情的サイン:「私なんか頑張ってない」「すべてがめんどくさい」といった自己否定/誰にも言えないモヤモヤを抱える
高校生に見られるサイン
高校は大学受験や就職といった進路を見据えながら、自分の意思で進学する場所です。
心機一転、またがんばろうと決意しても、中学での成績の伸び悩みや人間関係の失敗が、「また同じことになるのでは」という不安を大きくします。また、高校生や大学生になると、”不登校は自己責任”と自分自身を強く責める傾向も見られます。
- 身体的サイン:漠然とした不調や気力喪失
- 行動的サイン:「なんとなく行けない」「行く気はあるのに体が動かない」
- 感情的サイン:「裏切ってしまった」「申し訳ない」といった周囲に対する罪悪感
早期に気づくことの大切さ
では、私たちはこの”小さなサイン”にどのように向き合えばよいのでしょうか?
保護者ができること
国立成育医療研究センターの資料によると、子どもが「学校に行きたくない」と訴えたり、体や行動に変化があったりしたときには、“ただの疲れと片付けないこと”がなによりも大切だとされています。
「おなかが痛い」「頭が痛い」と訴えるけど病院では異常なしと診断される・・・
そんなときは、「学校がしんどい」という心のサインかもしれません。
小さなサインに気付いたら、決して理由を問い詰めたり、無理に登校させるのではなく、気持ちに寄り添うことが大切です。家庭を“安心できる居場所”にし、「いつも、いつでもここにいていいんだよ」という安心感を、言葉や表情、しぐさで伝えていきましょう。
学校からの支援
不登校の予防は、学校にとっても重要なテーマです。文部科学省の”COCOLOプラン”では、心の小さなSOSを見逃さず、学校を“みんなが安心して学べる場所”にすることが掲げられています。
特に養護教諭は、
- 不登校の予防啓発
- 子どもの不適応サインのキャッチ
- 保健室を「安心できる場所」にする
- 専門機関につなぐ橋渡し役
といった役割を担っています。
生徒の心身の状態を見極めつつ、学校での人間関係の潤滑油のような存在でもあります。だからこそ、ご家庭との積極的な連携と、情報の共有が大切です。(※学校との具体的なかかわり方については次回以降で詳しくお伝えします)
チェックリストを活用する
前述のとおり、不登校には”予兆」とされる小さなサインが表れることがあります。
“不登校の予兆チェックリスト”を活用しながら、お子さまの“今”の姿にそっと目を向けてみましょう。
不登校の予兆チェックリスト
身体的サイン
- 朝になると、腹痛や頭痛を訴えることが増えた
- 病院で「異常なし」と言われても、体調不良が続く
- めまい、立ちくらみ、動悸、息切れが見られる。
- 朝起きられない、夜眠れない、食欲がないといった症状がある
- 極端な体重の増減がある
行動的サイン
- 夜更かしやゲームで就寝が遅く、昼夜逆転になる
- 遅刻、早退、欠席が増えた
- 部屋が急に散らかり、片付けをしなくなった
- 物に当たる、壁に穴を開けるなど、暴力的な行動がみられる
- 家族が寝静まってから活動を始める(人目を避ける)
- 授業中の発言が減るなど、自信を失った行動がみられる
- 特定の服や靴下への強いこだわりがある(感覚過敏の一例)
精神・感情的サイン
- 「学校に行きたくない」と訴える
- 「私なんか頑張ってない」「自分はダメだ」など、自己否定的な発言が増える
- 黙り込むようになり、ため息が増える
- 怒ったり泣いたりせず、感情表現が乏しくなる
- 「外に出るのが怖い」「教室に入るのがしんどい」と訴える
- 「めんどくさい」「規則や決まりごとが苦痛」と本音を漏らす
対人関係・環境的サイン
- 仲の良かった友達と疎遠になり、特定の人としか関わらない
- 友達のささいな一言をきっかけに、人間関係を避けるようになる
- 部活動の練習についていけず、途中で泣く・しんどさを訴える
- 家庭内の不和や親からの不適切な言動について訴える
まとめ
今回は、不登校になる前にみられる小さなサインについて解説しました。
あらためてこうしたサインに気付いたら、良い悪いを決めつけず、まずはお子さまのありのままの姿を見ることが大切です。焦りや不安に駆られて「なんとかしてあげなきゃ!」と衝動的に動くのではなく、子どもにとっての”安全基地”になってあげること。”「長い時間がかかっても、絶対に支えるぞ」という覚悟“こそが、子どもの回復の土台になるのだと思います。(この点については、次回以降で詳しく解説しますね)
次回は、こうしたサインがどのような背景であらわれるのか、またサインに気づいた保護者ができるサポートについて、新型コロナウイルス以降の最新の研究を踏まえて解説していきます。
参考文献
- 文部科学省「不登校に関する実態調査」2023年版
- 文部科学省『児童生徒の不登校状況』2022年度速報
- Kearney, C. A. (2007). School absenteeism and school refusal behavior in youth. Clinical Psychology Review
- 国立成育医療研究センター「不登校の理解と支援」
- 厚生労働省「子どものSOSサイン」
- 日本小児保健協会「中学生の生活リズムと健康」
- American Academy of Pediatrics. School Refusal in Adolescents.
- 三島浩司ほか『登校回避行動の予防的介入研究』教育心理学研究
- 文科省・厚労省合同「子どもと家庭の相談窓口一覧」