ブックガイド|不登校の理解と支援ハンドブック

伊藤美奈子氏編著の『不登校の理解と支援のためのハンドブック:多様な学びの場を保障するために』(以下、本書)は、不登校が単なる「問題行動」や「怠学」として扱われていた時代から、「子どもの学ぶ権利の保障」へと捉え方が大きく転換した現代において、その現状と具体的な支援策を体系的に解説した一冊です。

本書の最大の価値は、小学校から高校までの発達段階ごとの不登校の特徴を詳細に分析し、さらに
・スクールカウンセラー(SC)
・スクールソーシャルワーカー(SSW)
・医療、教育支援センター
・フリースクール
といった多岐にわたる支援の専門職・機関からの視点を統合している点にあります。この多角的なアプローチは、複雑化・多様化する不登校の背景を理解し、「チーム学校」として機能するための確かな羅針盤となります。

本書の内容を参照しつつ、不登校の現状と、それを取り巻く多職種連携の重要性について、特に心に残った視点や具体的な取り組みを中心に考察します。

目次

学校現場における不登校の現状と支援

小学校

特徴と課題

小学校における不登校は、近年、その深刻度を増しています。不登校児童の総数は2015~2019年度にかけて約2倍に増加しており、以前は中学・高校で顕著だった不登校が低年齢化している現状が浮き彫りになっています。

不登校の主な要因として挙げられるのは、無気力・不安(41.1%)が最も多く、次いで親の関わり方(16.7%)です。この小学校段階は、子どもが身体的・精神的に著しい発達を遂げる時期であり、幼稚園までとは異なる集団生活の規範や、評価のあり方が現代的な課題となり得ます。子どもたちはこの時期に初めて本格的な「社会」に直面し、そのストレスや適応の困難さが不登校という形で現れます。

さらに、不登校の背景には発達障害(ADHDやASDなど)や、特定の分野における学習面での困難が隠れている場合があります。これらが周囲の理解を得られず、「努力不足」と見なされることで、不登校につながるリスクが高まります。また、不登校児童に関わる保護者や教員など周囲の大人の不安が高く、その不安が子どもに伝播し、悪循環を生み出すことも少なくありません。いかに周囲の大人の心理的安定を図り、不安を適切に扱うかが、小学校段階の支援における重要な課題となります。

支援における視点と具体的な取り組み

不登校の要因が複雑化・多様化しているからこそ、学校内の教員だけではなく、SCやSSWといった専門家が参画する多機関連携の必要性が高まっています。

支援に際して最も重要となる視点の一つは、子どもの発達的側面やポジティブな側面に焦点を当てたアセスメントを継続的に行うことです。問題点や欠点のみを追求するのではなく、「この子は今、何に興味を持ち、何を強みとしているか」という視点を持つことが、支援の突破口となります。また、不登校を単なる「回避」と捉えるのではなく、「これ以上心身を悪化させないための選択」として肯定的側面から捉える視点も大切です。これは、子どもが自分自身の心身を守るために発動した自己防衛のメカニズムとして不登校を理解することであり、子どもの自己肯定感の低下を防ぐ上で非常に重要です。

特に、小学校の低学年など、自分の内的な感情や不安を言葉に頼らずに表現することが難しい児童生徒への支援として、「アート活動(ものづくり)」が有効であることが示されています。

このように、アート活動は安心できる場で内的な対話を促し、子どもが不安を自ら扱う力を育む支援として機能します。

支援における視点と具体的な取り組み

小学校における不登校支援は、「解消する」ことのみを目的にしてはなりません。子どもの主体性を尊重し、その成長のペースに合わせて時間をかけて関わる姿勢が重要です。目先の登校を促すのではなく、子どもの安心感と自己肯定感の回復を最優先することが、結果として未来の自立につながります。

中学校

特徴と課題

中学校は、不登校問題が最も顕著に現れる段階です。2019年度の中学生の不登校生徒数は12万人を超え、在籍者に占める割合は3.94%と、小学校を上回ります。中学校入学時に不登校が増加する「中1ギャップ」が存在し、小学校の高学年から続く抽象的な思考が求められる学習内容の増加や、人間関係の複雑化が一気に子どもたちにのしかかります。そのため、この移行期における早期対応が、不登校の長期化を防ぐ上で極めて重要です。

不登校の原因は、小学校と同様に無気力・不安(39.5%)が主ですが、友人関係が人生の大きな部分を占めるこの時期には、友人関係(17.2%)が大きな要因となります。中学生は他者の目が気になる、失敗できないという意識が強いため、小さな失敗や対人関係の軋轢から不登校に至るケースが多発します。さらに、SNSを通じて人間関係が24時間継続し、トラブルが不登校のきっかけになることがあるという、現代特有の課題も存在します。

しかしながら、中学生の約3分の1が、学校内外の専門機関でどこにも相談・支援を受けていないという現状は、支援の届きにくさ、そして彼らが抱える孤立の深さを示しています。

時間経過と対応

不登校の経過は、本書で示されているように
・休み始めたとき
・家に引きこもったとき
・動き出そうとするとき
・再登校へ向かうとき
の4段階に分けて理解することが、適切な関わり方を決定する上で不可欠です。

特に「休み始めたとき」の初期段階では、頭痛・腹痛などの身体症状が現れることが多く、心身のSOSとして捉える必要があります。この時点で、起立性調節障害(OD)などの医療的側面を疑い、早期の受診を促すことが重要です。適切な診断と治療は、子どもと保護者の不安を軽減し、支援の方向性を定める基礎となります。

再登校へ向かう準備として、「リバウンドを防ぐために高すぎるハードルを設定せず、段階的なリハビリをプログラムとして提示する」ことが求められます。例えば、午前中だけ、特定の授業だけ、というようにスモールステップを積み重ねることで、成功体験を増やし、自信を回復させていく必要があります。

支援の取り組みと不登校生徒の5年後

支援においては、家庭の問題(虐待、ネグレクト、ヤングケアラー)や医療的ケアが必要なケースの増加に伴い、ソーシャルソーシャルワーカー(SSW)や医療機関との連携を含む多機関連携(拡大ケース会議)の重要性が高まっています。学校の枠を超えて、生活、心理、医療、福祉の専門家が連携することで、生徒が抱える複雑な問題への包括的なアプローチが可能になります。

また、学校外の居場所である教育支援センターやフリースクールを、「学習指導の場」としてだけでなく、「安心していられる場所」として積極的に活用する支援も重要です。

このような適切な支援を受けた結果、中学3年時に不登校であった生徒の5年後の高校進学率が85.1%であり、その後の人生を歩んでいることが分かります。不登校の経験を肯定的に捉え直す生徒がいる一方で、後悔の念を抱き続ける生徒もいます。重要なのは、目先の「再登校」に固執せず、焦らず少し先の未来を見据え、彼らが社会的に自立した生活を送れるよう、長期的な視点をもって支援を継続することです。

高校

特徴と課題

高校は義務教育ではないため、不登校は欠席日数や欠課時数が進級・卒業に直接影響し、退学リスクが高まるという最も厳しい特徴をもちます。これは、中学校までとは根本的に異なる、生徒自身の「自己選択・自己責任」が伴う段階であることを示しています。

不登校の背景として、小・中学生と比較して自己肯定感が低く、抑うつ感が高い傾向があり、思春期・青年期の課題や精神病理(精神疾患など)を抱えるケースが多いことが指摘されています。アイデンティティの確立や進路選択といった青年期の課題と、過去の不登校経験や精神的な不調が複雑に絡み合い、深刻化しやすいのです。

さらに高校生になると、義務教育段階に比べて公的な支援機関の利用率が減少し、支援の場が少なくなる現状があります。これは、支援ニーズの「見えにくさ」と、「自立した大人」として扱われがちな社会の意識が関係していると考えられます。

具体的な支援とデータから見る高校での出会いがもつ意味

高校での支援は、もはや教育的支援だけでは対応できず、心理的・医療的・福祉的支援を組み合わせた多職種連携が必須となります。

具体的な手段としては、不登校経験者を受け入れる定時制・通信制高校やチャレンジスクールなど、多様化した高校への転学・編入学が環境を変える有効な手段です。特に、高校卒業後の進路を見据えた就労支援の重要性は高く、校内に「ママズカフェ」のような居場所と就労サポートを兼ねた機能を持つ取り組みは、社会参加への大きな一歩をサポートします。

KOKOCARA
生きづらさを抱える高校生に、ホッとできる場とあったかいご飯を。「校内居場所カフェ」という寄り添い型支... 先生にも友人にも相談できない。実は親が問題の発生源…。悩みもがき、居場所までも失った高校生は実在します。近年注目を集めている「校内居場所カフェ」の現場から、見え...

また保健室は、心身に不安を抱えた生徒にとって「心の居場所」として機能し、多様なニーズを支える重要な拠点となっています。養護教諭による非審判的な傾聴と受容が、生徒の情緒の安定を支えているのです。

データからは、中学時代に不登校であった生徒が、高校生活を通じて「自信を持てた」と感じることで、不登校の経験を「プラスだった」と肯定的に捉え直す傾向が明らかになっています。高校段階は、不登校経験のある子どもにとって、過去を断ち切り新しい環境で自分に生まれ変わる機会を得る大きなターニングポイントとなり得ます。

しかしこの時期に必要な支援が途切れると、長期の社会的ひきこもりに陥る危険性があり、支援のタイミングが極めて重要です。また、大学生における「不登校」は、自己確立や青年期の課題のプロセスとして、その意味合いが変化しつつあり、支援のあり方もまた、その自律性を尊重したものに変化していく必要があります。

支援の場からみた不登校

スクールカウンセラー

スクールカウンセラー(SC)の役割は
・生徒の「自助」を促す支援
・学校全体をシステムと捉えた組織へのアプローチ
の二面性を持つとされています。SCは、生徒本人が持つ回復力を信じ、それを引き出すためのサポートを行うとともに、学校の教職員に対し、不登校の構造的な理解や、対応方法の助言を行います。

SCは不登校の未然防止・初期対応として、入学直後の生徒に全員面接を実施したり、休養の必要性やリラックス法を伝える工夫をしています。不登校支援においては、生徒本人の情緒の安定だけでなく、教職員や外部機関を巻き込んだ多職種連携の中心的な役割を担うことが期待されます。

言葉での表現が難しい不登校児童生徒への支援として、前述のアート活動(ものづくり*が安心できる場で内的な対話を促し、自己表現を支える有効な手段であることは、心理的支援の現場からも強く支持されています。

またSCは保護者に対しても、子どもを尊重しつつ親子の関係性を改善するための具体的な関わり方などを提案します。

福祉現場

福祉とは「幸せ」を意味し、福祉現場は、生活上の困難を抱える人々に対し、「マイナスからゼロへ」の状態を支え「人々の幸せに貢献」しようとする役割を担います。不登校は、単なる教育問題ではなく、しばしば生活の基盤となる福祉的な課題と密接に結びついています。

福祉現場で不登校の背景として多く出会うのは、虐待(ネグレクトを含む)やヤングケアラー、ひきこもり、貧困といった複雑な課題です。特に、家族のケアを担うヤングケアラーの支援では、本人の権利と健康を最優先する「子どもへの権利擁護」の視点が重要です。

福祉現場での支援の重要な視点として、多機関連携(ネットワーキング)、生物・心理・社会モデルに基づいた包括的なアセスメント、そして支援対象者の主体性を尊重し粘り強く寄り添う姿勢が挙げられます。

スクールソーシャルワーカー(SSW)は、福祉の専門家として学校に配置され、家庭環境への直接的・間接的な支援や、福祉機関・教育機関間の連携を担います。また、子どもの学習・生活支援事業など、貧困対策として、生活保護や就学支援制度を通じて、不登校の子どもに学習機会や居場所を提供している取り組みは、「貧困と不登校の連鎖」を断ち切る上で極めて重要です。

医療現場

不登校の背景には、自律神経失調症(AD)、起立性調節障害(OD)、過敏性腸症候群(IBS)、社交不安症(SAD)などの心身の疾患や、発達障害(ADHD、ASD)、摂食障害、ゲーム障害、性別違和といった多様な障害や疾患が関わっており、医療の視点なくして適切な支援は不可能です。

支援の基本姿勢として「子どもを置き去りにしない」ことを強く意識し、診断名だけでなく、子ども一人ひとりの抱える困難や保護者のニーズに合わせた関わりを提供することが求められます。

例えば、起立性調節障害(OD)に対しては、薬物療法だけでなく、生活リズムの改善、学校での遅刻に関する配慮、および午後の登校を促す環境調整が有効です。また、発達障害(ADHD、ASD)については、薬物療法が選択肢の一つとなること、感覚過敏への配慮や個別学習の工夫など、学校側と連携して環境調整を行うことの重要性が強調されています。

性別違和を持つ子どもについては、医療機関での診察前に保護者からの相談を受け付けたり、学校で制服やトイレに関して具体的な配慮を検討するなど、本人の自己決定を尊重した支援が不可欠です。

教育支援センター

教育支援センター(適応指導教室)は、「学校復帰支援」に偏重せず、不登校児童生徒の「社会的自立」に資することを目的としています。これは、不登校支援の目標が、学校に戻ることだけでなく、その子がその子らしく社会で生きていくための力を育むことに転換したことを意味します。

提供される支援は
・体験活動(集団生活への適応)
・相談活動(情緒の安定)
・学習活動(基礎学力の補充)
の3本柱です。これらは、学校とは異なる環境で、子どもたちが安心感の中で自信を取り戻し、他者との関わり方を学ぶ機会を提供します。

通所を希望しない児童生徒への支援として、職員による訪問支援や家庭との連携、センターへのアクセス困難を解消するための送迎サービス(ジャンボタクシーの運行など)を工夫する取り組みは、「支援の届きにくさ」を解消する上で非常に重要です。

また教育支援センターでの活動が、学校側の判断により「出席扱い」にできる規定があることは、学習機会の保障と学校への復帰を視野に入れたリハビリテーションとして大きな意味を持ちます。さらに、地域の図書館や教育研究所、大学など、他の教育施設・人材と連携し、支援の質や活動の多様化を図る取り組みも進められています。今後の課題は、卒業後も支援を継続するための若者サポート事業などへのフォローアップ体制の構築です。

フリースクール

フリースクールは、「教育機会確保法」に基づき、不登校の子どもに多様な学びの場を保障する重要な役割を担っています。この法律により、学校以外の場所での学びが公的に認められたことは、不登校支援における画期的な転換点となりました。

フリースクールは民間団体の主体性のもとに運営され、個別学習支援、カウンセリング、社会体験などの多様な支援活動を展開しています。その活動内容は多岐にわたり、義務教育終了後の就労困難な若者や生活困窮世帯への支援が含まれており、地域社会のサポート拠点となっている事例も多く見られます。

しかし、フリースクールの課題として、公的機関との連携や情報共有が十分ではない場合があること、そして個々の児童生徒に対し適切な支援の場と時期を判断するためのアセスメント能力の確保が求められることが指摘されています。多様な学びの場を提供する一方で、その質の均一化と、公的支援ネットワークとの連携強化が今後の大きなテーマとなります。

これからの支援のために

母親の心理と支援

子どもが不登校になった際、最も大きな心理的負担を負うのは、多くの場合、母親です。母親は**「学校や周囲の目」に苦しみ、「子育てに失敗した」という自己否定感**を抱きやすい心理状態に陥ります。

不登校の本格化が母子関係の悪化、すなわち共依存を招くことがあり、子どもも母親も互いに依存し、孤立を深めていく悪循環が生じます。SCとの出会いは、この関係性を再生し、母親自身の新たな気づきにつながるプロセスを促します。

母親への支援として、グループ・アプローチを通じて、母親自身が孤立から脱却し、支えを得られる場の提供が有効です。同じ境遇の母親たちとの経験の共有は、自己否定感を和らげ、子どもを客観的に見つめ直すための心のゆとりを生み出します。

これからの不登校と支援

教育機会確保法(2016年施行)により、不登校の捉え方が「問題行動」から「子どもの学ぶ権利の保障」**へと大きく転換したことは、支援のあり方を根本から変えました。

不登校支援において、学校外の多様な学びの場(教育支援センターやフリースクール)を整備し、子どもの社会的自立を目指した支援が主流となっています。しかし今後の課題として、教育支援センターやフリースクールにおける通所困難な子どもへの訪問支援の確立や、公的機関と民間機関との連携・協働を強化する必要があることが挙げられます。

またSCやSSWを中心とした多職種連携を強化し、「チーム学校」として不登校の未然防止や困難ケースに対応する体制の重要性は、今後ますます高まります。

現代的な課題として、コロナ禍が不登校児童生徒の生活リズムやゲーム依存、家族関係に影響を与えた事例や、オンライン技術を活用した新しい支援のあり方を検討する必要性も示されています。オンラインでの学習機会やカウンセリングは、自宅から出られない子どもたちにとって、社会との接点を維持するための重要なライフラインとなり得ます。

最終的に、最も重要な予防・支援策として求められているのは、不登校を生まない学級づくり・学校づくりです。すべての子どもが「自分はここにいてもいい」「自分のままで認められている」と感じられる、安心・安全な居場所としての学校を創造することこそが、すべての支援の根幹であると、本書は深く問いかけています。

結論:多層的な支援ネットワークの構築へ

本書を通じて、不登校の理解は、単一の原因論や一元的な解決法に終始するものではなく、子どもの発達段階、家庭環境、心理状態、医療的背景、そして社会構造といった多層的な要因を統合的にアセスメントする複合的な視点が必要であることが明確になりました。

特に、アート活動、就労支援、保健室の居場所機能、SSWによる権利擁護といった具体的な支援策の紹介は、不登校の子どもたち一人ひとりの「生きづらさ」に寄り添い、その「主体性」と「学ぶ権利」を尊重するための深い洞察に満ちています。

不登校は、子どもから発せられる社会へのメッセージです。このハンドブックはそれらメッセージを正しく読み解き、学校、家庭、福祉、医療、地域社会が連携して、子どもたちが安心して自己肯定感を育み、未来に向けて自立できる環境を整備するための、実践的で必携のガイドブックだと感じました。

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