NPO法人高卒支援会による、コロナ禍での「アウトリーチ」を具体例たっぷりに描いた活動レポート。
最初に解説しておくと、
アウトリーチ(Outreach/訪問支援)
「来ることを待つ」従来型の支援の限界を補うための専門的支援。悩みや課題を持った方のもとへ”支援者側から伺い”、相談や支援につなげるもの(訪問支援)。
これだけだと「先生も訪問しているようだが?」となるところ…その訪問者が「メンタルフレンド」であるというところが特徴的。
メンタルフレンド(Mental Friend)
”不登校・ひきこもり経験のある”学生サポーター(フレンドサポーター)で、親の言うことを聞かない子どもでも彼らの言葉には耳を傾ける可能性があるとされている。
具体的な活動内容といえば、訪問先で子どもと話し相手になったり、ゲーム、将棋、小物作り、キャッチボール、映画、買い物、パソコンなど、子どもが関心を持っているところから入っていき、時間をかけて信頼関係を築いていく。また訪問時には子どもたちの状態をよく観察したうえ、「つかず離れず」の絶妙な距離感を保ちながら心地の良い関係を築いていく。親のような過干渉や感情の甘え合いを避け、かつ教師のような上下関係や学校制度による緊張やストレスを与えにくいとされるそうだ。
踏まえて、改めて本著に戻ると…
コロナショックによる影響と現状
本書が最も強く警鐘を鳴らしているのは、不登校児童生徒数の歴史的な増加と、それに伴う問題の深刻化。文部科学省の調査でも明らかになったように、不登校児童生徒数は11年連続で増加の一途をたどり、令和5年度には約35万人に達するという、極めて憂慮すべき現状となった。
不登校の要因を分析すると
・コロナに伴う生活環境や生活リズムの急激な変化
・学校生活の様々な制限による交友関係の変化
などが大きく影響。特に「コロナショック」以降は、それまで学校に通えていた子どもたちをも「疑似ひきこもり」の状態に陥らせ、不登校・ひきこもりの予備軍を急増させた。この問題の厄介な点は、従来の要因に加えて「感染への不安」といった新たな要因が加わり、不登校の背景が不透明化している点だった
従来の公的支援の限界と教育支援センターの課題
従来の公的支援、特に教育支援センター(適応指導教室)やスクールカウンセラーによる施設型・来訪型支援は、基本的に当事者が自発的に相談の糸口を見つけ、施設に足を運ぶことを前提としていた。しかし不登校が深刻化し、ひきこもり状態にある子どもや、親自身が疲れ果てて社会的に孤立している家庭では、「施設に足を運ぶこと自体に困難を抱えている子ども・若者」にアプローチできていないという、構造的な限界があった。
こうした状況から、従来の教育支援センターの機能が単なる学習支援中心からセンターに通えない子どもへのアウトリーチ支援機能を強化する必要性が強く認識されるようになっていった。つまり「待つ」から「迎えに行く」支援への根本的な転換。
「アウトリーチ」支援の提案と方法
不登校や長期欠席児童生徒へのアウトリーチ実践プロセスは、”その後”の介入の成否を分ける重要な段階であり主に
・導入段階(支援の糸口の探索)
・介入段階(本質の探索と生活の保障)
の2つの段階に集約される。
その前、さらに「ステップ0(初期段階)」があってアウトリーチの成功はこの初期段階にかかっていると言っても過言ではない。この段階で最も重要なのは、支援者が接触困難な家庭や、支援の必要性を認識していないインボランタリーな家庭(支援を自発的に求めない家庭)に対し、支援者は介入・侵襲性への謝意や礼節をわきまえつつ、
- 偶然装い訪問: たまたま通りがかった、近くに用事があった、といった形で、家庭の警戒心を刺激しない形で接触を図る
- 託け訪問: 提出物を届けに来た、行事の案内を持ってきた、といった、学校として当然の役割を果たすことを口実にして訪問
などとして、間接的に訪問を行うことで介入の糸口を探る、という計画段階。この段階では、子どもや保護者の警戒心の緩和と信頼関係構築が最優先される。また支援者は子どものプライバシーを尊重し、「非詮索的態度」を心がけるとともに”ありのままの存在”を受け入れる肯定的関心を示し、とにかく安心感を送達する姿勢で臨む
支援の3ステップ(介入段階以降)
ステップ0(導入段階)を経て信頼関係が構築され、本格的な介入へと移行した際のアウトリーチ支援は、以下の3つのステップで進められる
ステップ1:本質の探索(信頼関係構築・受容)
導入段階で築いた関係性を基盤に、子どもの能力や特性、そして家族機能や生活状況を把握するアセスメントを継続的に行う。このアセスメントは、家庭内の生活場面での関わりを通じて、自然な形で行われることが重要である。
この段階の目的は、子どもや保護者が、抱えているダメージや胸の内を吐露できる環境を作ること、つまり「感情表出」を促すことである。支援者は、保護者に対し、子育てや生活維持の努力をねぎらう「労いと励まし」を行い、不登校によって生じた「ダメージの共有と受容」を実践する。対象者が自らの弱さや困難を認め支援者に安心して話せるようになることで、問題の本質(例:発達特性、家庭内の人間関係、経済的な問題など)が浮き彫りになってくる。
ステップ2:生活の保障と意識化
問題の本質が明らかになったら、次は具体的な生活環境の改善と、保護者の問題意識への目覚めを促す。劣悪な居住環境やネグレクト傾向がある家庭に対し、まずは子どもの生活の保障(食事、衛生、安全、そして規則正しい生活リズム)に必要なアプローチを行い、同時に保護者の困り感の引き出しや、課題の焦点化、問題意識への目覚めを促す。
このステップで重要なのは、保護者自身が「このままではいけない」という意識を持つこと。これは支援を中長期にわたり持続可能にするため、不可欠な要素。支援者は単に介入するだけでなく、保護者が自らの力で問題を解決できるよう、動機づけ(モチベーション)を高める役割を担う。
ステップ3:他機関への移行と代弁
アウトリーチ支援はその性質上、「つなぎ」の役割を担う。子どもの最善の利益となるよう、支援の設計図(ロードマップ)を描き、適切なタイミングで長期的な支援者・機関(例:精神科、心療内科、福祉機関、放課後デイサービス、学習塾など)を選定し、そこへの移行を促進する。アウトリーチ支援が、家庭の「外」への第一歩を後押しするのだ。
子どもや保護者の思いやニーズを学校や移行先の他機関に正確に伝え、代弁・仲介役割を担うことは非常に重要な役割の一つ。当事者の言葉だけでは伝わりにくい複雑な背景や感情を、専門的な視点から伝えることで支援の継続性を高めていく。
以降、具体的な体験談が続いていく。なにより支援当事者の”熱意”とこれまで受け継がれた活動の連続性、そして対象者の身になって寄り添おうとする、粘り強い姿勢がとても印象的だった
慣れてきても、この(訪問時間は「1時間」という)時間は必ず守ってもらいます。 ここで深追いしてはいけません。もう少し話すとし外へ出せるんじゃないか、などと期待し て長引かせると、子どもも話がつき、お腹いっぱい、という感じになってしまいます。子 どもに、もう少し話したい、と思わせるのが重要です。 もちろん、初回訪問で拒否反応があることもあります。トイレに閉じこもる、布団をかぶって出てこない、すきを見て窓から脱走、などは、初回ではよくあることです。 拒否反応があった場合、がっかりされるご家庭もありますが、最初からうまくいくわけが ありません。初回訪問すると、その反動でスタッフが帰った後に家庭で暴れることもありま す。それも織り込み済みで、徐々に良い方向に向かっていくように作戦を練っていきます。 もう一つ重要なのが、ひきこもりから立ち直るまでの期間を定めないことです。 世間では、半年で必ず外に出すから、そのかわり数百万円という報酬を求める、いわゆる引き出し屋と呼ばれる団体もあります。しかし、子どもが自発的に出て来てなくては、意味がありません。また、スタッフにとっても、必ず期間満了までに結果を出さなくてはならないと思うと、精神的に負荷がかかり、焦って強引な手段を使ってしまう原因になります。場合によっては事件にまで及んでしまうこともあるでしょう。それを防ぐために、期間を定めな いことが重要です。 これまでの経験からいうと、アウトリーチ支援でひきこもりから脱するには、ひきこもっていた期間と同じくらいの時間がかかるのです。 よく保護者から「どのくらいで直りますか」と聞かれるのですが、「そう んなにかかるんですか」と言われることが多いです。 しかし、急ぎすぎてはいけません。本人が納得して自発的に外に出られるようになるため には、少しずつ、一歩ずつ、スタッフとの信頼関係を構築し、外に出られるようにしてい く必要があります。そして、一気に順調に良くなることはありません。良くなったかと思 うと、その反動でまた悪くなったり、という波を繰り返しながら、徐々に良い状態になって いきます。決して焦らず、その子のペースを尊重することが大事です。
(P.106-107より)