
掲載情報
書籍タイトル: 不登校問題と子ども・若者の「居場所」の現在:関係論と権利論からの問い
編者: 三尾忠男、森田次朗、松島裕之、阿比留久美
出版社: 早稲田大学教育総合研究所(早稲田教育ブックレット No. 34)
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不登校を「システムの課題」として捉え直す
不登校を克服するゴールは、本当に「学校に戻ること」だけでしょうか?
この書籍は、不登校を「子どもの問題」ではなく、「教育システムが抱える構造的な課題の現れ」として捉え直す哲学的転換を親に促します。画一的な教育に疲れた、あるいは合わないと感じて一度離脱したのなら再登校のみに焦点を当てるのではなく、本著で紹介されるような”画一”から外れた「フリースクール」は、ぜひ試してもらいたい選択肢の一つです。
本書が提示する「関係論」と「権利論」という社会学的な視点は、不登校が家庭や本人の「自己責任」ではなく、子どもを取り巻く人間関係や学校の構造が産んだ「関係」の問題であると明確に位置づけます。この視点は、親の「再登校への焦り」や自責の念を解消へと導きます。
ポイント:「学ぶ権利」と「居場所」の保障
本著では不登校の原因を「”関係論”による」として、まずは読者を「自己責任」から解放します。「関係論」とはつまり、不登校の原因を単なる個人的な問題(本人の努力不足や心理的な問題)や家族内の問題(親の関わり方)に帰結させるのではなく、子どもを取り巻く「外部の環境」や「人間関係のシステム」に起因する構造的な課題として捉え直す視点です
また「権利論」…つまり(「子どもが望むなら」という前提で)本書の核となる「学習権の保障」という権利論の視点は、子どもが学校に通うか否かにかかわらず、学ぶ権利は常に保障されなければならないと主張します。
なかで後半では「多様な居場所の価値」、子どもの学習権を保障する受け皿として、フリースクールやオルタナティブスクールの重要性を紐解いていきます。ここでは子どもの主体性が尊重され、子どもは失われつつあった主体的感覚をゆっくりと取り戻し、また育んでいくことができます。支援において最も大切なのはこの感覚であり、すべての正解は「子どもが望むなら」という前提で成立します。子どもが望まない時期、場所での無理な介入は、学びの権利の保障とは言えません。支援者としては、子ども自身が主体的に選択できるように多様な「選択肢」としての居場所を提示し、望む時期と場所を十分に加味する時間を与えてあげることが大切です。
この本の特徴
- 相対評価
・評価軸の傾向(ポイント形式) 理論(抽象) ⇔ 方法(具体): 理論に極めて特化。関係論、権利論、構造的な課題の分析が中心であり、具体的な対話テクニックや介入方法は薄い。
・ドライ(客観) ⇔ ウェット(感情): ドライに極めて特化。教育社会学的なデータ、論理、学説の分析が中心で、親の心情に寄り添う記述は少ない。
・今すぐ(短期) ⇔ じっくり(長期): じっくりに特化。不登校をめぐる社会構造、教育制度の歴史的な課題が主題であり、短期的な再登校を目指す人には不向きかも。
・当事者目線 ⇔ 支援者目線: 支援者目線に特化。学校、NPO、研究者といった支援システム全体への提言が中心。
・ポジティブ(肯定的) ⇔ ニュートラル(客観的): ニュートラル/批判的。学校の構造的な課題を客観視し、居場所の必要性を論じる。
・発達特性との関連度: 4(オルタナティブスクール利用者の背景として、発達障害や学習障害、社会的マイノリティとの複合的な関連をデータで提示)。
- 独自の観点
本書は学校に馴染めない子どもが抱く「違和感」を、単なる適応障害と見なすのではなく、画一的な教育システムに対する「正当な異議申し立て」として肯定し、歓迎する視点を提供してくれます。なかで居場所の多様化は、そうした不登校の子どもに「自己決定権」を行使する訓練の場を提供します。学校復帰にこだわらず、フリースクールなどで自分の「生き方」を探るプロセスこそが、彼らの長期的な自立を促す上で最も本質的なステップとなります。
まとめ:親も社会もアップデートが必要
不登校問題は、子どもを取り巻く「関係」と、子どもが持つべき「権利」という二つの軸から再定義されるべきであり、親が「孤独な闘い」を続ける必要はないというメッセージを本書は伝えます。
親がすべきは、画一的な学校システムを批判的に理解し、子どもにとって「学校に戻ることだけではない」多様な選択肢、すなわち「居場所」を探し、提供することです。それは、子どもが自分のペースで、自分の望む形で学習権を行使し、最終的に自分らしい生き方を見つけるための土台となります。
不登校の現状を構造的に理解し、親自身もまた教育観をアップデートしたいと願う方に、この学術的な論考集は必携の書となるでしょう。
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スガヤのふせん ~個人的ブックマーク
書籍後半では、「NPO法人ネモネット」活動について、代表の松島裕之氏による紹介に大きく紙幅が割かれます。
「ネモネット」のフリースクール運営は、子どもたちの「自発性」を最大限に尊重することを基盤とし、
・例えば厳密な時間割はなく、子どもたちが自ら参加したいご活動や学びたいことを、定期的なミーティングを通じて決めていく
・子どもたちが受け身の学習者ではなく、ご自身の人生の主人公として主体的に選択し、行動する力を育むことを目的としたプロセス設計
・スタッフは子どもたちに「~しなさい」と指示するのではなく「対話」を通じて子ども自身のお考えを引き出し、”伴走者”の役割を果たす
などの運営方法で、子どもたちが安心して自己表現できる「居場所」の創出に繋がっていく様子をレポートされていました。学校には提示できない、学校に「異議申し立て」したからこそつながれる、とても貴重な未来の学びの可能性が、実感値として生き生きと感じられます。
次いで阿比留久美氏が、フリースクールやフリースペースが持つ3つの重要な特徴を指摘
・仲間の存在:学校のように他者と”競い合う”でなく、互いに助け合い、支え合う関係性が築く
・自己理解:明確な目標や「やりたいこと」がなくてもよく、自身のペースで時間を過ごすことが許される。これにより自身と向き合い、”ありのまま”を受け入れることができるようになる
・自発的な活動:与えられたカリキュラムに従うのではなく、自身の興味や関心から活動を作り上げいく
またフリースクールのような「居場所」は、社会的に不利な条件を背負い、多数派から「いないもの」とされてきた存在が自身の声や存在意義を主張するための「ノイズをあげる方法」を提供する重要な役割を担っているとも主張しています。
というわけで、本著の主張を改めてざっくりまとめると
・不登校問題は子ども個人の問題ではなく、社会全体、特に教育システムが抱える構造的な課題である
・フリースクールのような新たな「居場所」は、そんな子どもたちの学習権と自己決定権を保障する社会の実現に向けた重要な場である
ということで、改めて社会側のアップデートがよくわかるレポートでした。
最後、締めの質疑応答パートに曰く
「自分が選んだという感覚を持ってもらうために何をすべきか」というものですが、これはすごく難しいことです。自分が選んだという感覚は、周りから与えることはほぼ不可能でしょう。ただ、子どもが自分で選んだと思えるよう、子どもを操作するのではなく、子ども自身が自由に生きる環境を整えることが周囲の大人にできる最大限のことかなと思います。…自分の生き方が見えてきて、その場に対して自治の感覚を持ってもらうことが大事なのです (P,39より松島氏の発言を抜粋)
さてボクたち親は、どれほど「自分で選んだ」という感覚で人生を歩めているのか?親の方こそ、社会にあわせたアップデートが必要かもしれません


