ブックガイド|不登校・ひきこもりに効くブリーフセラピー

本書『不登校・ひきこもりに効くブリーフセラピー』は、不登校やひきこもり支援の最前線で活躍する11名の専門家たちが、その豊富な経験と知見を惜しみなく公開した実践的な書籍。彼らの視点は、従来の支援が陥りがちな「膠着した時間」、すなわち本人や家族の努力が「原因探し」や「悪者探し」に繋がり、出口の見えない悪循環を生む状況に温かく寄り添うものです。

特筆すべくは、不登校やひきこもりを「病理」や「問題」として捉えるのではなく、そこにある資源(リソース)に着目し、望ましい未来像(解決像)の構築に焦点を当てるブリーフセラピーの哲学に基づいている点にあります。受験予備校、高等学校、精神科医療、社会福祉、スクールカウンセリング、児童相談所など、多様な現場における生々しい実践事例が豊富に紹介されており、読者は専門家たちの「手の内」を垣間見ることができます。これらの事例を通じて、ブリーフセラピーが不登校やひきこもりの問題解決にどのように役立つのか、その具体的な会話のプロセスや、回復を支えるバリデーションの方法が解説されています。

「ブリーフセラピー(短期集中療法)」とは

ブリーフセラピーは「短期集中療法」とも呼ばれ、対象者が抱える問題解決を”短期間”で目指す心理療法です。その特徴は、単に治療期間が短いことだけではありません。クライエントのニーズに対して十分な治療効果を提供し、時間、費用、労力などの効率がバランスよく保たれることを重視します。

従来の心理療法が問題の原因を過去の出来事や個人の内面に求める傾向があるのに対し、ブリーフセラピーは現在と未来に視点を置きます。対象者の「なぜこうなってしまったのか」という問いかけではなく、「これからどうしていくか」という未来志向の考え方を徹底します。

問題の原因を個人の病理やパーソナリティに求めるのではなく、個人間のコミュニケーション(相互作用)の仕方から問題の理解を図るのも大きな違いです。この相互作用のパターンに変化を起こすことで、問題解決を目指します。

また、ブリーフセラピーの中心的な哲学であるプラグマティズムには、以下の3つのルールがあります。

  1. 上手くいっているなら、変えようとするな。
  2. 一度でも上手くいったなら、またそれをせよ。
  3. 上手くいかないなら、何か違うことをせよ。

このアプローチは、クライエントを責めず、過度な負担をかけずに解決へと導く点で、従来の理論とは一線を画しています。

ブリーフセラピーの効用は、しばしば4つのEで表現されます。

  • Effective(効果的): 多くの問題に対して効果的な解決策を提供します。
  • Efficient(効率的): 短期間での解決を目指すため、時間やコストの効率が高いです。
  • Esthetic(魅力的): 対象者自身の能力や資源を尊重するため、自己肯定感の向上につながりやすいです。
  • Ethical(倫理的): 対象者を非難せず、その意向を尊重します。

不登校やひきこもり支援のほか、ストレス管理や対人関係のトラブル、自己肯定感の向上など、具体的な問題解決を短期間で促進したい場合に特に有効。


主要なアプローチ

ブリーフセラピーには、主に「良循環を拡張する」アプローチと「悪循環を断ち切る」アプローチの2つがあり、これらは「二重記述モデル」と呼ばれるそうです。

「解決志向アプローチ(Solution Focused Approach: SFA)」は、問題の原因追究よりも、対象者が本来持っているリソース(資源や資質、能力、強みなど)に着目し、望ましい解決像(ソリューションイメージ)を明確にすることで、解決を構築していく未来志向の療法。肯定的な側面に焦点を当てるため、自己効力感が高まりやすいというメリットがあります。対象者自身が「自分には問題を解決する力がある」と感じられるようになることを目指す。

・「MRI(Mental Research Institute)アプローチ」は、対象者自身の「うまくいっていない解決行動(偽解決)」が問題を持続させる「悪循環」に着目。例えば、不登校の子どもに親が登校を促し続けた結果、子どもがますます学校に行けなくなる、といった状況です(「シロクマのことは考えるな」的な話ですね)。この悪循環を断ち切ることを目指し、具体的な課題や状況に着目し、短期的かつ実践的な解決法を見つけ出すため即効性が期待できる未来志向のアプローチ、だそうです。

そもそも「ブリーフセラピー」の源流とは、人の集まりを一つのシステムと捉えるシステムズアプローチとも深い関係があり、支援者が家族や個人を「問題」として捉えるのではなく、互いに影響し合う「集合体」として捉える見方です。原因探しや悪者探しをせず、特定の方法や正解にこだわることなく、「あれもこれも」の精神を大切にするオーダーメイド性が特徴です。


主な技法/質問

書籍内では、いくつかのユニークな技法が紹介されています。

・ミラクルクエッション:「もし問題が知らない間に奇跡的に解決されたとしたら、翌朝、どんなことからそれに気づくか」を想像してもらう質問で、目的は「意識を過去の失敗から未来志向・解決思考へと変えること」。理想的な状態を具体的に描き、目標の方向性を明確にすることで現実的なプロセスを検討し、実現可能な目標にたどりつくことができます。

・例外探し:「問題が起こっていない状態」や「問題がそれほど深刻でなかったとき」(例外)など、うまくいっていた場面を振り返ってもらう技法で、例外を見つけることで自身が持つリソースや強み、既に起こっている解決の一部を認識し、それを繰り返すことで解決策の構築に役立てます(「どうやってそれをやったのか?」を尋ね、成功を本人の「手柄」にしてしまう)

・スケーリングクエスチョン:最悪(0点)から解決の状態(10点)までの尺度(スケール)を用いて、現在の状況や目標達成への進捗を数値で評価してもらう質問。数値化によって、漠然とした状況や解決の状態を具体的に確認し、「1点上げるために何ができるか」に焦点を当てることで、小さなゴールを設定し、着実に前進する手助けをする

コンプリメント(承認/労い):対象者の持っているリソース、努力、できている点(例外)に対して、労い、認め、賞賛する行為。自己効力感を高める肯定的なフィードバックであり、たとえば来談を強制された対象者にはまず、来談してくれたこと自体を丁寧に労うことが基本の対応。

・ウェルフォームド・ゴール(Well-Formed Goal):成功体験を得るための工夫がなされた、具体的で達成可能な目標で、以下の点を満たす必要があります。

  1. 大きなものでなく、小さなもの
  2. 抽象的でなく、具体的なもの
  3. 否定形ではなく、肯定形で表現される行動

例えば、「学校に行かない」ではなく「週に1回、教室の外の廊下で過ごす」といった目標にすることで、達成のハードルを下げ成功体験を積み重ねやすくします。これは「習慣化のコツ」でも同じことが言われますよね

・タイムマシーン・クエスチョン:対象者にタイムマシンに乗って未来(例:3年後、5年後)の自分に会いに行き、その時の様子をありありと映像で見ているように語ってもらう質問で。目的は、クライエントにポジティブな未来像を具体的に準備させ、現在の行動への動機づけとすることにあります。未来の成功した自分を想像することで、今の行動が未来につながるという実感を持つことができます。

さて本書ではさらにこれら具体的なやり取りが紹介されていて、なかには…

SC(※スクールカウンセラー):「はい、そうです。頑張ってはいるのですが」
D母(※生徒母):「そこで、ちょっと正攻法をやめて、一風変わったことを試してみてたいと思うのです
SC:「お母さんには、いつもよりひと手間かけてもらうことなので、申し訳ないのですが」
D母:「はい、どんなことでしょうか?」
SC:「庭で朝ご飯を食べてほしいのです
D母:「庭?庭って、家のですか?
SC:「そうです。家のです。どうでしょう?
D母:「庭で食べるって、おにぎりとかサンドイッチとか、そういうことですか?」
SC:「そうです。手間がかかって、申し訳ない」
D母:「まあ、それぐらいはなんとでもなりますが、それでうまくいきんでんですか?」
SC:「もしDさんに庭でご飯を食べさせることに成功すれば、行き渋りの問題はまったく来ないといえるでしょう。むしろ、どうやって庭に誘導するかが問題です
D母:「あの、娘にはなんて言えばいいんでしょう?」
SC:「そこはお母さんに任せます。たとえばどんなふうに誘ってみようと思っていますか?」
D母:「……そうですねえ。今日は天気がイイから、庭でご飯を食べましょう……とかですかね?」
SC:「おお!いいですね。まさしくそういう感じです
(P.142から抜粋)

現場はこんなにフザケてていいのか?!なんて軽く常識がグラリとゆらぐような場面なのですが…これがまた”効く”らしいんです不思議な話


※ちなみに紹介例は「うまくいかないなら、何か違うことをせよ(do different!)」の一環だそうです

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